ひょっこりと現れた意外な訪問者が、試合前日の浦和の選手たちを驚かせた。

 17日午後、広島広域公園補助競技場。浦和が翌日のリーグ広島戦に向け、最終調整を始めようとする様子を、ベビーカーを押す親子連れが低い植栽越しに見つめていた。

 よくある光景だが、何人かのスタッフが気づいた。「あれ、寿人じゃない?」。翌日、隣接するエディオンスタジアム広島で対戦する広島の中心選手、FW佐藤寿人(34)だった。

 あずまやでタバコをくゆらせていたペトロビッチ監督に、スタッフが知らせた。すると指揮官は「オー! ヒーサートー!」と叫んで破顔した。

 腰痛が悪化しているペトロビッチ監督は、歩くのにつえが必要だが、おかまいなしに自分から敷地外の佐藤のもとに歩み寄った。

 大喜びで佐藤、そして夫人とハグをすると、ベビーカーの三男の顔をのぞき込んで「ヒサトとよく似ているなあ」と顔をくしゃくしゃにして笑った。

 言うまでもないが、試合前日に選手が対戦相手の練習を訪れることは、まずない。なぜ来たのか。ペトロビッチ監督にも問われた佐藤は「明日はきっと試合後もバタバタしちゃって、ちゃんとごあいさつできないから」と説明した。

 生後3カ月の三男が「初お目見え」ということもある。かつて広島の指揮を執った恩師、ペトロビッチ監督には、きちんとしたあいさつをしたい。たとえ翌日に試合があっても、佐藤は義理を通した。

 浦和の選手たちは、すでにランニングを開始しており、しばらく佐藤の来訪に気づかなかった。先頭を走るDF槙野がやがて「あれ、ヒサトさんに見えるんだけど、違うよなあ」と言い出した。

 「あ、やっぱヒサトさんだよ」。「え? なんでなんで?」。すぐに全員が気づき、手を振った。佐藤は子供を抱き上げながら、照れくさそうに手を振った。

 「明日はバシッといくから、森脇」。「え、なんでオレ?」。冗談めかしつつ、佐藤は浦和の選手たちと真剣勝負を誓い合った。

 リーグ戦では最近3試合、ベンチ入りも出番はない。それでもペトロビッチ監督は佐藤を「プロの中のプロ」「危険な存在」と評する。登場すれば、抜け目なくゴールを狙うプレーで、浦和の脅威になるだろう。

 しかしピッチを離れれば、尊敬し合い、お互い礼も欠かさぬ仲になる。サッカーでは親愛の情と、手心加えぬ真剣勝負が両立しうる-。佐藤は希代の点取り屋である以前に、理想のスポーツマンシップを体現する存在だ。【塩畑大輔】