水泳のアジア選手権が20日まで、都内で行われた。来夏の世界選手権(ブダペスト)予選を兼ねた水球は真剣勝負。スタンドに立ち見まで出る盛り上がりの中で、男子日本代表が初優勝した。中国やカザフスタンの高い壁に屈していたころとは違った。昨年12月の五輪アジア予選1位で32年ぶりに五輪出場を果たし、今大会も優勝。日本は、頭1つアジアを抜け出した。

 水球の公式戦を日本で見る機会は少ない。プールサイドの記者席を離れてスタンドから見下ろすと、日本のシステム「パスライン・ディフェンス」がよく分かった。青いキャップのカザフ選手と白い日本選手、守り方がまったく違う。

 カザフ選手は、日本選手の背後で守る。相手とゴールの間に体を入れるオーソドックスな守備だ。対して日本は、カザフ選手の前で守る。パスの出し手と受け手の間に入り、パスコースを消す。カットできずにパスを通されたら相手はフリーになる。それでも、リスク覚悟で前に出る。

 前に出て守るから、相手ゴールは近くなる。パスカット後の速攻は、効果的になる。「ある程度の失点は覚悟の上。それ以上にゴールすればいいだけ」と、大本洋嗣監督(49)は「超攻撃型」と形容される世界唯一の「パスライン・ディフェンス」を説明した。

 大本監督の理想は高い。「水球を見て楽しい、やって楽しい魅力的なスポーツに変えたい」と話す。「水上の格闘技」とも呼ばれる水球だが、しばしば格闘要素が強すぎて球技であることが忘れられる。ゴール前の激しい位置取り。ペナルティが頻発し、試合が何度も止まる。最終的には選手同士のフィジカル勝負。そこには戦術や駆け引き、創造性はない。何より、球技の「楽しさ」に欠ける。

 日本は体力勝負の守備を捨てた。互いに声をかけて連係して動き、相手の攻撃を読んでパスコースを封じる。高度な戦術眼と卓越したスキル、細かくポジションを修正して動き回る俊敏さと、それを支える豊富な運動量。さらに、フィジカルに頼らず、接触せずに守る。そこには、選手たちの「世界を驚かせたい」という思いが詰まっている。

 試合前、大本監督は「中国やカザフは、昔ながらのつまらない水球。日本が新しい水球を教える。アジアの水球を変えてやる」と豪語した。意外な接戦に「甘くなかった」と苦笑いしたが、少なくとも日本の高い意識は伝わったはずだ。

 国際水連は、日本の戦術に「素晴らしい」と驚きを隠さない。しかし、リオ五輪は全敗。まだまだ日本の水球は異端で「弱小国が突飛な戦術としている」程度だろう。評価を変えるには勝つしかない。「水球を見ても、やっても楽しい競技にするために、勝ちたい」と大本監督は言う。

 72年ミュンヘン五輪の男子バレーは「速攻コンビバレー」で金メダルを獲得して世界に衝撃を与えた。なでしこジャパンも連動したパスで11年W杯を制覇して女子サッカーに革命をもたらした。W杯で南アフリカを破ったラグビーも「ジャパンウェイ」で、強豪国を驚かせた。「勝つこと」でポセイドンジャパンへの世界の目は変わる。

 東京五輪は4年後。開催国として出場する日本はメダル獲得を目指す。「そのためには、今のレベルではダメ。もっともっと上げないと」と大本監督。「パスライン・ディフェンス」が世界の驚異となり、水球競技がよりエキサイティングに変貌するためにも、日本の躍進がみたい。【荻島弘一】