<柔道:全日本選手権>◇29日◇東京・日本武道館

 アテネ五輪100キロ超級金メダリストの鈴木桂治(30=国士舘大教)が、無差別級決勝で穴井隆将(天理大職)に大外返しで一本勝ちし、4年ぶり4度目の栄冠を勝ち取った。4年のブランクは63年の猪熊功と並び最長。北京五輪や10年世界選手権100キロ超級でともに初戦敗退するなど低迷し、何度も引退を考えたベテランが、よみがえった。8月の世界選手権(パリ)100キロ超級代表は鈴木と上川大樹(明大)に決まった。

 夢だった。何度も夢で見た景色だった。決勝後のガッツポーズ、天皇賜杯の授与、応援団との写真撮影-。今年に入って、鈴木は3日に1度は夢で見ていた。「何十回と見て、そのたびに布団から起きて『夢か…』と。今も夢じゃないかと思う。それくらいびっくり。本当にうれしいです」。畳の上で泣いた。勝って涙を流すのは記憶にない。4年ぶりの全日本優勝。それは、夢じゃなかった。

 国士舘大の山内監督に言われていた。「誰もお前に一本勝ちやきれいな柔道は求めていない。我慢するんだ」。3回戦の王子谷戦で見せた得意の内股での一本勝ち以外、耐えて勝ち進んだ決勝。相手は09年に一本負けした穴井だった。必死で受け止め、1分半すぎに1度、大内刈りを返した。ポイントはなかったが、何かがひらめいた。迎えた2分37秒。穴井の得意技の大外刈りが来た瞬間、とっさに返した。振り返ると、主審の腕が高々と上がっていた。「(終了間際の)6分ちょうどで勝てばいいと思っていた。僕の経験と、相手がうまく引っ掛かってくれた」。我慢が実った。

 苦しんだ2年半だった。初戦で敗れた北京五輪後は「もう柔道着を着たくない」と周囲に漏らした。昨年の世界選手権も1回戦で敗れ「何回も柔道を諦めた。でも『引退』のひと言が言えない。諦めきれない自分がいた」。同期の小野らの「桂治がいないと、合宿がつまらないじゃん」という「ちょっとした引き留め」も、心に染みた。

 自ら「崖っぷち」と言い聞かせて迎えた今年。例年以上に練習を積んだ。体をケアし、常に練習ができるようになったことで、ご飯の量も増えた。2日前にはステーキ450グラムをたいらげて、気合を入れて臨んだ。思いがやっと実った。

 世界の舞台で雪辱する機会を得た。「全日本王者は世界一じゃなきゃいけない。何が何でも勝ちます」。その背中にはもう、崖は消えていた。【今村健人】