花道は突然、現れた。日本ハムの開幕2戦目、3月31日の西武戦。1人の女性へ、サプライズ演出が行われた。5回裏終了後、いつものように「YMCA」が流れる。ダンスとともに、グラウンド整備が行われる時間。主役はグラウンドキーパーの工藤悦子さん(65)だった。突如、大型ビジョンに映し出されたビデオメッセージ。この日で定年退職だった工藤さんへの、感謝の言葉が詰まっていた。いつしか満員4万1138人のどよめきは消え、球場は敬意を表した拍手が巻き起こった。

 「え? 私が?」。トンボを持った工藤さんは、一塁ベース付近で立ちすくんでいた。右翼側の大型ビジョンを見つめ時折、手で口元を押さえた。選手を代表した矢野、田中賢からの贈る言葉には、目を潤ませているようにも見えた。日本ハムが北海道に本拠地を移転する前からの、勤続16年。最古参だったから、だけではない。工藤さんの魅力に突き動かされた「ファン」によって、心温まるセレモニーが完成した。

 明快で、エネルギーに満ちた工藤さん。1女1男の子供を持つシングルマザー。料理上手で、学生アルバイトのグラウンドキーパーらに、煮物やサラダなどをいっぱいに詰めた容器を持参し、振る舞うこともあった。よく通る声と、朗らかな笑顔にひかれる人は、他球団にも多い。選手の中には「お母さん」と呼び、三塁側ベンチ近くにあるキーパー室のドアをたたく者もいた。選手だけでなく監督、コーチにも「ファン」が存在した。

 愛され、去りゆく工藤さんのために、日本ハム球団は動いた。退職日の3月31日に合わせて、水面下でセレモニーを考案。工藤さんが、自然な形でグラウンドに現れる5回裏のタイミングで実施した。工藤さんは栗山監督から花束を受け取ると、深々と頭を下げた。最後まで涙を流すことはなかった。「二腹、生んでいるんだから、簡単には泣かないよ!」。工藤さんの好きなピンク色の花束が、荷物整理された机を囲んでいた。【日本ハム担当 田中彩友美】