巨人内海哲也投手(36)の西武移籍が発表となり、20日の昼下がりは急に忙しくなった。一息つくと、携帯電話の着信履歴に気付いた。

折り返した先は巨人小谷正勝投手コーチ(73)。いつもの様子で「お~」の声が聞こえた。FAの人的補償。ルールであるが、なにせ内海である。「ビックリしました」と言うと少しの間ができた。

彼にとってはチャンスだ。西武はみんな優しいから、すぐなじむだろう。巨人の選手は寂しがるだろう。何より彼の人間性は、いち投手を超えた価値がある。プロテクト、何で外れたんだろう。もう36歳になったか…自分を納得させる解釈が見つからず、堂々巡りの状態だった。

正直に話した。小谷コーチは黙って聞いていた。「内海は落ち着いていたよ。『あれこれ余計なことは考えるな。チャンスじゃないか。思いっきり腕を振って、もう1回暴れてこい』と言ったんだ」。

名伯楽であり、恩師と慕う投手は多い。中でも2人の関係は特別なものがある。

大きな期待をかけられていた駆け出しの内海を、小谷コーチは少し心配して見ていた。「性格的に優しすぎる面がある。特に巨人はチーム内の競争も厳しい」。きれい事だけでは済まされない、生き馬の目を抜く世界。芽を摘もうと意図的に足を引っ張る同僚もいる。明らかな理不尽を受けた内海を見て、激怒したこともある。

愛情に感謝する澄んだ心があって、指導をしっかり受け止めて。好循環で伸びていった。小谷コーチはしばらく巨人を離れていたが、エースになった内海は球団に「チームに戻してください。投手陣はみんな同じ気持ちです」とお願いした。

今度は内海が巨人を離れる。かなった思いは2年で終わる。最近は「内海なんかがファームにいるから。しっかり見ないと」が口ぐせだった小谷コーチ。電話の最後「ルールだから。仕方ないけど」の先を飲み込んだ。不安であろう教え子の気持ちを察し、自分の気持ちを抑え、強い言葉で押した。離れるのは地図上の距離であり、心の距離は変わらない。

◆宮下敬至(みやした・たかし)99年入社。04年の秋から野球部。担当歴は横浜(現DeNA)-巨人-楽天-巨人。16年から遊軍、現在はデスク。