「あいつはお金で動く男じゃないからな」。そう言ってニタリと笑ってパイプの煙をくゆらせた。94年オフ。ダイエー監督を退き、フロント業に専念。「球界の寝業師」の異名通りストーブリーグの主役となった根本陸夫氏は、東京・国立市の喫茶店に担当記者を集めて言った。西武工藤のFA交渉。早朝の飛行機で上京、電車を乗り継いで工藤の自宅を訪問した。

この年のドラフト会議では駒大進学を表明していた別府大付(現明豊)の城島も強行指名。工藤の交渉を終えると、都内にある西武石毛の自宅に足を伸ばして再びFA交渉。「俺の交渉はガラス張り」。またもニヤリと笑った姿が何とも懐かしい。

王ダイエー誕生に合わせて強力な補強に乗り出した。タクトを振った94年シーズンは69勝60敗(1分け)。ホークスにとって17年ぶりの勝率5割超えだった。優勝の目もわずかにあった。「次に(監督を)やるワンちゃん(王さん)がやりにくくなったらいかんから、あまり勝ったらいかんけどなあ」。そう言って白星を重ねるたびに喜ぶ球団フロントをたしなめた。根本が脳裏に描いた補強図はさらに豪胆だった。清原、伊東の主力まで西武から獲得する腹づもりもあった。「そんなことしたらホークスやなくて、ライオンズになるがな」。耳にした中内功オーナーが慌てたほどだった。

残念ながら根本氏は99年4月30日にこの世を去った。王ホークス初Vは見ることはできなかった。鬼籍に入って22年の月日が流れた。根本氏を「オヤジ」と慕った工藤監督がチームを率いてリーグ連覇&シリーズ5連覇を目指す。

根本さんは東京・ニコライ堂に眠っている。コロナ禍で礼拝を控えている隆子夫人は「今年もホークスには勝ってほしいわね」と言って埼玉・所沢の自宅にある祭壇に祈りを捧げていた。【ソフトバンク担当 佐竹英治】