僅差の9回…。ドンと構え、冷静沈着な守護神オリックス平野佳寿投手(37)がマウンドに上がるタイミングで、記者陣はドタバタが止まらない。電話でデスクとの原稿の打ち合わせ、ヒーローインタビューの選手は誰なのか。試合直後の速報原稿は出稿できているか…。

経験あるベテラン右腕が、あっさり試合を締めてゲームセット。下書きしていた「おりほーツイート」を更新すると、すぐに中嶋監督の囲み取材が始まる。

だから、お立ち台をじっくりと聞いたことがない。そんなことを考えながら25日の楽天戦(京セラドーム大阪)は“ファン目線”で一塁側スタンドに腰掛け、9イニングを見届けた。3-2の緊迫した1点差ゲーム。初めて正面から見るお立ち台は、宗佑磨外野手(25)と山本由伸投手(23)が笑顔でフラッシュライトを浴びている。

崩していた表情を戻して、宗は言った。「みなさんご存じの通り、西浦選手が引退を決意したということで、僕らも全員で一緒にやってきて、すごく残念な気持ちです。彼の分も最後まで戦って優勝したいなと思っています!」。ドームが震えた。明るい雰囲気から、一気に感涙ムードになった。

試合前、円陣の声出しを務めた宗は「僕らが一緒にプレーしてきた西浦くんが引退を発表しました。彼みたいに野球がしたいと思っている若い選手でも、野球ができなくなってしまうことがあります。いつなるか、みんなわからない。今日ケガしてしまうかもしれない。熱い気持ちを持って1試合1試合戦っていきましょう!」とナインを鼓舞した。

次の瞬間、背番号6は「今日、絶対に勝ちますよ!僕らは、絶対に勝たなきゃならないんです!最後まで諦めず頑張っていきましょう!」と叫んだ。シーズン143試合あるうちの1試合。毎試合ドラマはあるが“生きた声”でスタートした試合だった。

8回2失点と力投した山本は自身12連勝で今季15勝目。お立ち台の最後に「西浦の現役最後のシーズンを優勝で終われるように精いっぱい頑張ろうと思います!」と締めた。

西浦颯大-。22歳にして現役引退を決めた。昨年11月に国指定の難病「両側特発性大腿骨頭壊死(だいたいこっとうえし)症」を公表。同12月に左太もも、今年2月に右太ももの手術を受けた。今季は育成契約で、22年シーズンでの競技復帰を目指したが、24日に現役引退を発表した。

自身のインスタグラムに「病気が悪化し引退を決意しました」と記し、理由を説明。「失敗してもいい。挑戦することに意味があると思います。プロ野球選手じゃなくなっても僕の将来の夢はずっとプロ野球選手です」とつづった。

28日のウエスタン・リーグ広島戦(オセアンBS)の最終回に守備に就き、ベンチ前で花束贈呈と引退セレモニーを行う予定。夢を見て、絶望も味わったプロ野球生活4年間-。1軍で見せた背番号00の雄姿は、スタンドのファンの記憶に刻まれている。

チームは首位ロッテを2・5ゲーム差で追う2位で、96年以来25年ぶりVも視界に入る。残り22試合。10月を迎えようとしている今も、選手の躍動を伝えられる。そんなドタバタの日々は恵まれている。

「優勝を目指して…」。ヒーローインタビューを聞きながら、ふと思った。冠を手に、西浦選手を、最後のお立ち台へ-。00番の雄姿を、もう1度…。今のオリックスナインなら、きっとかなえてくれる。【オリックス担当=真柴健】

20年9月 オリックス対西武 1回表西武2死一、二塁、メヒアの中飛を好捕する西浦(撮影・前岡正明)
20年9月 オリックス対西武 1回表西武2死一、二塁、メヒアの中飛を好捕する西浦(撮影・前岡正明)