池袋駅に着き、東武東上線へ向かった。普段はなかなか利用しない路線。案内を注視しながら、歩みを進めた。電車に乗り込み、揺られること約30分。みずほ台駅に到着した。そこからタクシーで約5分。住宅地が見えてきた。時刻は午後5時。年の暮れ。日もしっかり暮れていた中、目的地の倉庫は明るさに活気が入り交じっていた。
元ヤクルトで日本ハム、横浜(現DeNA)、西武でプレーした坂元弥太郎氏(41)の野球塾「Yataro Sports Base」の前は、多くの子どもたちでにぎわいを見せていた。
しばらくすると、ゲストも到着した。ヤクルト石川雅規投手(43)は、白い息を吐きながら、急ぎ足で控室へと入った。都心からは約50キロに位置する、埼玉・入間にある同施設。石川は「ヤタ、遠いよ」と何度も言いながら、準備を始めた。野球塾の子どもたち、卒業生たちへ向けた講演会のため、忙しいオフの合間にやって来た。石川が「ヤタ、50キロは遠い」と言えば、坂元氏は「いや、そんなことはないですよ」と応酬。大先輩にもグイグイ行く坂元氏と、それをさらりとかわす石川。仲の良さが垣間見えた。本気で言い合っている訳ではないから、こちらも苦笑いを浮かべるしかなかった。確かに、地図アプリには「51キロ」と示されていただけに…。
そんなこんなで、講演会はスタート。開始予定の午後6時ともなると、寒さは一段と加速。底冷えも重なる中、石川と坂元氏は絶妙な掛け合いで、場を暖め続けた。より多くの子どもたちの質問に答え、何度も「体の大きさは関係ない」と公称167センチの球界最年長は訴えた。「毎日何かをやり続けることが大事」とも加えた。手がかじかむ中、子どもたちは必死にノートにペンを走らせ続けた。石川の話を取りこぼさないよう、真剣に聞き入っていた。気付けば、1時間以上が経過。大盛況のうちに終わった。
帰り際、石川は坂元氏がいないところで「ヤタはかわいい後輩だからさ」とだけ言った。その言葉だけで十分だった。忙しいオフの中、このオファーを受けた理由が分かった。坂元氏は31歳だった13年にプロ野球を引退。あれから10年以上が経過した。今月に44歳となる石川は、今も現役として先発のマウンドに立つ。時を経て2人の立場は変わった。坂元氏は未来のプロ野球選手を育て、石川は今やチームの顔として君臨する。もう2人でプレーすることはかなわないのかもしれない。それでも、変わらない関係性があった。温かい気持ちになって、帰り道についた。【ヤクルト担当 栗田尚樹】




