「日常だったものが、実は非日常だったんですね」

無人のスタンドを見つめ、東京ドームでジャイアンツ応援MC(スタジアムDJ)を務める高橋大輔さん(38)は、ポツリとこぼした。「僕の仕事はお客さんありき。どこに向かって、何を伝えればいいのか」。自問自答を繰り返した。

球場にファンは来られない。「主役は選手。そしてお客さん。僕はそういった人たちのプラスアルファの仕事をさせてもらっている。ただ、ファンの方は、画面越しにいる」。試合開始前のアナウンスにアクセントを加えた。有観客時は「1人、1人に熱いご声援を『お送り下さい』」だった。無観客では「熱いエールを『届けましょう』」。「『届けましょう』って、強い言葉をあえて使いました。皆さんの気持ちを集結できたら」と思いを込めた。

無観客で行われた3月15日の巨人-楽天のオープン戦(東京ドーム)。その日を最後に、自粛生活が始まった。このままファンが球場に来られないかも-。そんな不安が頭をよぎる中、準備は怠らなかった。口にくわえ、肺活量、呼吸筋などを鍛える「パワーブリーズ」を購入。B<金>稲葉浩志ら有名人も使用する器具でトレーニングに励んだ。さらに自宅でも大声を出せるものもそろえ、球場さながらのボリュームで発声練習に明け暮れた。全ては自身が発してきた「日常」の声を届けるためだった。

開幕が「6・19」に決まった。3カ月のステイホーム期間で「身」も変わった。毎年、開幕日は新たにスーツを仕立て、新調した革靴で迎えるルーティン。「真っさらな気持ちで。ここから始まるという意味でやっています」。だが、いつものサイズは、きつかった。上着のサイズがワンサイズアップしていた。健康維持のために購入した筋トレ器具は、よりたくましさを与えていた。

3カ月ぶりに戻った仕事場。いつものように、東京ドームの関係者口をくぐった。回転扉に手を掛けると「不思議だけど、スッと入れた」。もちろん無観客。いつもなら4万人近くのファンが開幕戦を楽しむはずが…それでも「やっぱり、ここだよな」。

なじみの場所は変わっていなかった。ただ、やっぱりファンの姿を目の当たりにすると、思いはこみ上げてくる。今季初の有観客試合は、7月11日(ほっともっと神戸、対ヤクルト)。「泣きそうになりました。無観客に慣れていた自分もいたのかもしれない。日常になりそうだった。やっぱ、お客さんがいてだよなって」。求めていた姿をそこに見た。

巨人は28日に、東京ドームで初めて有観客の試合を迎える。高橋さんは「神戸とは違うんだろうなと思います。感じたことのない空気感、気持ちが生まれるんだろうなって思います」。オレンジ色に染まる東京ドームを心待ちにし、いつも欠かさないオレンジ色のネクタイを締めて、球場へと向かう。日常を取り戻しに。【栗田尚樹】