「練習中、ずっとカメラマンさんのバッグ上で気持ちよさそうに寝ていましたよ!」女子マネジャーがうれしそうに話し掛けてくれた。見ると、白い毛がバッグに数本貼り付いていた。野球部で愛されている看板猫「白澤さん」の白い毛が、黒いバッグに映えていた。

いつも楽しい会話でみんなを笑わせる黒澤学部長。そこから付いた呼び名が「白澤さん」だった。ちゃんと「さん付け」しているところに、マネジャー、選手の素直さが感じられる。

「気が付いたらいました!屋根のあるちょっとした倉庫があるのですが、朝グラウンドに来てその中にある椅子を見ると毛だらけなので、多分そこで寝泊まりしているんだと思います。」と笑った。

グラウンドにやってきた選手たちは最初に口にする。「猫は? 猫どこにいるかな?」。みんながかわいがっている。餌代はどうしているのかと、ふと気になった。女子マネジャーがおこづかいを出し合っていると教えてくれた。

「野球部の部費は、選手が野球に使ってほしいので、白澤さんの餌は私たち女子マネジャーがおこづかいを出し合って買っています」

常葉大菊川の専用グラウンドは、東名高速道路に沿うように、小高い丘の上にある。

自転車を置くと、96段の階段を一気に上がる。上りきると、緑に囲まれた風通しの良い広々としたグラウンドが目の前に開ける。

同校OBで、2007年センバツで優勝した石岡諒哉監督は「うちのグラウンドは、いろいろな動物が集まるんです。猫の他に、タヌキやでかい鹿も2頭見ました。朝、グラウンドに来たらブルペンがもぐらの穴だらけだったこともありました」と話す。

レフトスタンド後方は更に高台となり、グラウンドを一望できる。地元のファンの方々が自由に観戦できるよう、いくつかのベンチが置かれていた。動物も人も集まる、居心地のよいグラウンドだ。

グラウンドから自転車で数分離れたところに位置する学校も小高い丘の上。

通学時は自転車を押しながら、3分半をかけて急な坂道を上っていく。選手の自転車に装着したゴープロの映像を見返すと、息を切らしながらも仲間と楽しそうに笑う選手が映っていた。

2日間の密着取材中、選手たちはいつも穏やかな口調、表情で向き合ってくれた。弱音も吐かず、1日に何度も急な坂を上り続けるたくましい姿とは、大きなギャップがあった。

剛柔。意味は「かたいこととやわらかいこと。強いこととやさしいこと」その言葉がよく似合うチームだった。

動画が完成した際、サムネイル(表紙のようなもの)の最終候補が2つ残った。チームの代名詞とも言える「フルスイング」を表現した絵、そしてもうひとつは看板猫の白澤さん。どちらも捨てがたく、決めかねていた私は石岡監督の意見を聞いてみることにした。数日後、返ってきたメールにはひとこと「スタッフ全員で話し合いましたが、満場一致で猫です」とあった。

今日も選手たちは、笑いながら学校へ続く坂を上り、授業を受ける。それが終わると96段の階段を駆け上り、グラウンドで汗を流す。その姿を想像するだけで、今すぐにでもレフトスタンドのベンチに座って、眺めたくなる。

人も動物も集まる、風通しのよいあのグラウンドを。【青山麻美】