愛甲キャプテンで臨んだ秋季大会は、安西健二が捕手を務めた。彼は1年から二塁手として活躍しており、捕手は初めてだった。愛甲と安西のバッテリーは、少しばかり相性が悪かった。

 ある試合でのこと。監督の渡辺元からの指示通り、安西が直球のサインを出した。ところが愛甲は首を横に振る。何回出しても同じなので、安西はタイムを取ってマウンドに走った。「監督の指示なんだから真っすぐを放れよ」。愛甲は不服そうだったが、戻って再び直球のサインを出すと、ようやくうなずいた。

 安西 それでカーブを投げてきた。ものすごいキレ味のカーブをね。捕れるわけがない。オレも頭にきてね。またマウンド行って「もうサイン出さないから勝手に投げろよ」とノーサインにした。その後はパスボールだらけ。ひどかったよ。

 愛甲 2人とも強気だったからね。意地になったこともあった。秋に負けて「お前らダメだ」って言われたよ。安西が捕手のままなら甲子園で優勝できていない(笑い)。

 秋に敗れると、1学年下の片平保彦を捕手として育てることになった。安西は二塁へ戻った。

 安西 愛甲はワンマンだった。仲間を格下に見て、平気で「この下手くそ!」とか言ってたから。ただ、プレーはすごい。勝つためには、愛甲にやってもらわなければならない。それは、みんな分かっていた。だからグラウンドでは、あいつのワンマンを許した。勝ちたいからね。その代わり合宿所では口も利かねえよって。そういうムードはあったかな。オレは愛甲にも遠慮しなかったけど、他のヤツらはね。愛甲は浮いていたと思うよ。

 合宿所のある夜、下級生も交じってトランプで遊んでいた。楽しい雰囲気だった。そこに愛甲がフラリと現れると、同級生たちは「素振りに行こうぜ」と姿を消してしまった。残った下級生も緊張で顔がこわばる。明らかに雰囲気が変わった。

 エースで打線の軸、そしてキャプテン。良くも悪くも愛甲が中心にいた。彼も気持ちのおもむくままに振る舞い、マウンド上でも感情を表に出した。愛甲にすべてを託す。それが春までの戦い方だった。そのままだったら日本一にはなれなかっただろう。

 愛甲が変わる契機が訪れた。春季神奈川大会の決勝戦。相手は、秋に敗れた東海大相模だった。先発した愛甲の調子が悪く、安打を重ねられリードを許した。9回表に何とか追い付き3-3で延長戦に入った。

 それでも愛甲はピリッとしない。延長11回裏に1死一、二塁のピンチを招いた。次打者を投ゴロに打ち取り、愛甲は三塁封殺を狙った。ところが三塁手が何でもない送球を後ろにそらし、サヨナラのホームを許した。

 愛甲は悔しさの余り、グラブをたたきつけた。これが渡辺の逆鱗(げきりん)に触れた。ベンチで叱られ、ロッカールームのミーティングでも厳しく指摘された。

 愛甲 今でも忘れない。投げつけたのはゼット製のグラブだったね。ただ、サードを怒ったんじゃない。確かにイージーミスだったけど、それより12安打も浴びた自分が頭にきていたんだ。

 この時、渡辺の言葉が、愛甲の胸に残った。確かに怒っているが、ひと味違う言葉遣いだった。(敬称略=つづく)

【飯島智則】

(2017年5月18日付本紙掲載 年齢、肩書きなどは掲載時)