夏の甲子園で準優勝した1年時の荒木は、ナチュラルにシュートする直球を自在に操っていた。だが2年生になり、体が大きくなると、直球のスピードは上がり、きれいなフォーシームが決まるようになった。

 「だんだん自分のイメージ通りのボールに近づいてきたから。打たれるよ、やっぱり。130キロ台後半でしょ。真っすぐで回転が良かったら、バッターからしたら打ちやすいボールになっていた」

 1年時にシュート回転していた直球は、打ち気のバッターの芯を微妙に外し、ゴロを打たせていた。だが、成長にともない投げられるようになった教科書通りの直球は、相手にとっては打ちごろのボールになった。無心で投げ続けた1年生の時とは変わり、荒木は工夫を開始する。

 「ツーシームの握りにしたり、ダルビッシュが言うワンシームだって練習では投げていた。1本にかけた方が落ちはいいから」

 現代野球では主流の「動くボール」の認知度が低かった時代に、ボールにある2本の縫い目に指をかけるツーシームやシュートに挑戦した。捕手の松本達夫は「サインは基本的には真っすぐとカーブ。何でストレートがこんなにシュートするんだと思ってました。もっといい回転のボールを投げて欲しいなと。左バッターの時に、外に逃げるボールとか、本人が出し入れしてたんでしょう。意識して投げているなんて、思ってもみなかった」と言う。荒木自身が考え、打者の力量や場面を判断し、捕手にも告げずに投げ分けたボールだった。

 3季連続の出場となった2年夏の甲子園は、順調に勝ち上がった。1回戦の高知戦は9回1安打10奪三振で完封。続く2回戦の鳥取西戦は、8回を無失点に抑える好投で勝利した。カーブに加え、ナチュラルシュートではなく、握りを変え、狙って投げるシュートを操り、「甲子園のアイドル」は輝きを取り戻した。

 3回戦は、優勝候補の報徳学園(兵庫)と対戦する。相手のエース兼4番は元西武の金村義明。7回に3点を先取すると、8回に1点ずつを取り合い、4-1とリードして9回裏を迎えた。

 「相手は優勝候補。金村さんを中心にバッティングがすごく良かった。みんな力があって、破壊力があった。それが何かの間違えで8回まで勝っていて、勝てると思ったら9回に…」

 9回の先頭、金村の打球は、荒木の足元を襲った。中堅に抜けそうな打球を二塁手の小沢章一(享年41)が好捕して一塁に送球するが、微妙な判定でセーフになる。死球後、2本の二塁打で同点に追い付かれた。荒木は「完全なアウェー状態。相手は地元の兵庫で、早実なんて関係ない。甲子園で、アウェーの状況で試合をしたのは初めてだったかもしれない。舞い上がったわけではないけど、力がなかったんでしょう」。ファンを味方にし続けた荒木が、初めて自分以外への声援の強さを感じた。10回裏、サヨナラ負け。「逆転の報徳」にのみ込まれた。

 試合後、サヨナラのホームを踏んだ金村は「顔じゃ負けるかもしれないけど、野球じゃ負けられない」と言ったという。この試合で勢いに乗った報徳学園は、全国制覇を成し遂げる。甘いマスクの荒木は、全国の球児から標的にされる存在になっていた。そして、大ちゃんフィーバーは過熱の一途をたどりながら、最終学年に突入する。(敬称略=つづく)【前田祐輔】

(2017年7月20日付本紙掲載 年齢、肩書きなどは掲載時)