きれいに整備された甲子園には、前日準決勝の奇跡の逆転劇の余韻が残っているようだった。1978年(昭53)の60回記念大会の決勝戦はPL学園-高知商。毎試合洗濯し、真っ白なユニホームで登場するPLに対し、高知商は勝ち抜いてきた証しのように泥にまみれた真っ黒のユニホームだった。

結果論ではないが、試合はPLの、PLによる、PLのためのように進んでいった。PLが0-2で迎えた9回裏。5万人を超えるスタンドは、高知商応援席の三塁側アルプス席を除けば、総立ち状態でPLの逆転劇に期待を膨らませた。テレビに映し出される高知商の2年生エース・森浩二(元阪急)の表情は心なしか、恐怖におびえているように見えた。まだ最後の攻撃が始まっていないのに、それほど甲子園は異様な雰囲気だった。

先頭の9番中村が初球をたたいて中前打。異様な雰囲気は、異常なまでの盛り上がりへと変わっていく。

さらに1点を返して2死二塁の場面。ここで、打席に4番西田真二が向かう。監督の鶴岡泰(現山本泰=72)は、「あの場面で西田に打順が回ってきたことが、PLの強運だった」と言う。

西田 あの打席は鮮明に覚えています。準決勝の(9回の)三塁打よりいい当たりだった。いい感触は今でも思い出しますよ。

西田が放った一塁線を破る同点二塁打は、カーブを狙ったものだった。だがこの直前、西田はカーブを打つために、わざと高めのストレートを空振りしている。ベンチで監督の鶴岡が「バカ。ボールじゃないか」と声を上げると、打席にいた西田は笑みを浮かべながら「分かってます、分かってます」という表情。狙い通りに次のカーブを打って、同点に追いつくのである。

山本 西田はカーブを投げさせようとして空振りした、と言うんです。高校生で、しかもあの場面です。こいつ、一体何者なんや、と思いましたよ。

続く5番柳川が左中間を破って、西田は歓喜のサヨナラ優勝のホームベースを駆け抜けた。

西田 結構冷静だったけど、木戸をはじめみんな泣いているのを見て、あぁ、すごいことが起こったんだと実感しました。

異様な雰囲気から、異常な盛り上がりへと変わり、ついに甲子園の興奮は最高潮に達した。

「サイレンが鳴り、もう戦いはありません」

朝日放送アナウンサーの植草貞夫はそう実況した。ドラマの終わりが惜しまれるほど、あまりにも劇的なフィナーレだった。(敬称略=つづく)【井坂善行】

(2017年11月27日付本紙掲載 年齢、肩書きなどは掲載時)