延期が続いていたプロ野球の開幕日がようやく決まった。6月19日に開幕し、シーズン120試合を戦うという。交流戦もあって試合数が増えていた最近では少ないな、と思うがこればかりは仕方がない。120試合制は1952年(昭27)以来、68年ぶりという。

52年は日本のスポーツ界、いや日本人にとって忘れてはいけない年だ。野球ではなくボクシングの話なのだが日本人初の世界王者が誕生した年だ。

プロボクシング世界フライ級タイトルマッチで白井義男がダド・マリノ(米国)を破り、日本人初の世界チャンピオンになったのがこの年の5月だった。

試合会場は当時の後楽園球場。実に4万人もの大観衆がスタンドを埋め、白井の勝利に歓喜したという。まだまだ戦後のにおいが濃かった時期。うちひしがれた国民に大きな勇気をもたらした出来事として歴史に残っている。

その事実は知っていたが最近、日刊スポーツのネットで読んだ記事に胸を打たれた。首藤正徳が書いた「スポーツ百景」の中での白井に関するコラムだ。詳しくは読んでほしいがグッときたのはこの話だった。

白井が連合国軍総司令部(GHQ)に勤務していた生物学者アルビン・カーンの合理的な指導、バックアップを受けていたのは知られる話だ。そのカーンは白井が勝った直後、リング上でスタンドを埋めた観衆を指出しながら白井の耳元でこうささやいたという。

「ヨシオ。わずかな生活費を握り締めて応援に来たあの人たちの気持ちを忘れてはいけない。世界王者になっても謙虚な心を忘れるな」

白井はのちに日刊スポーツ評論家になり、その評論原稿を書いていた首藤はその話を何度も聞いた。

ボクシングに限らず、プロ・スポーツの原点とも言える気持ちだと思う。自分たちの競技のために安くないお金を払って、時間をつくって見に来てくれる。プロ選手はその気持ちが何より尊いことを肝に銘じてほしいと思う。

プロ野球、まずは無観客試合でのスタートだ。3月の練習試合ですでに経験したが、やはり、味気ないのは否定できない。逆に言えばこれまでいかに観客に盛り上げてもらっていたかということだ。無観客での公式戦はそのことをかみしめる経験にするべきだし、いつか日常を取り戻しても、その気持ちを忘れてはいけない。(敬称略)