強烈におもしろくなってきた。9月の終わり。レギュラーシーズンの最終章の焦点は「どこが3位になるか」に絞られた。ヤクルトの優勝、DeNAの2位。これが決まれば、ほぼ興味のなくなるシーズンだが、今年は違う。GとTとCが入り乱れてのクライマックスシリーズ(CS)権利取りレース。勝率5割を切る戦いで、レベルは低いが、ここまでの激烈さとなれば、日々、ドキドキワクワクしてしまう。

9月25日、状況は激変した。巨人が中日にまさかの敗戦。巨人有利の情勢はガラリと変わり、阪神にも広島にもチャンスが訪れた。ここまできたらタイガースよ、何が何でもCSに行け! と大きな声を出す。残すはヤクルト3試合。阪神にとっては3連勝がマスト。その最終戦は10月2日の甲子園になる。

この試合が監督として矢野のレギュラーシーズン最後の采配になる。その先があるのか、それとも退任試合になるのか。矢野がもっている男かどうか。すべてはこの日までに決まる。

最後のゲーム…というと、矢野には忘れられぬ試合がある。それはいまから12年前、2010年の9月30日だった。ベイスターズ戦は矢野の現役最後のゲームで、いわば「引退試合」だった。当時の監督だった真弓も演出を考えていた。優勝争いの中、いい形で矢野を送り出したい…と願っていた。

シナリオ通りにことは運んでいた。だが最後、詰めの段階で崩れた。9回、クローザーの藤川球児がうまく抑え、あと1人という場面で矢野登場となればよかったが、その前に球児が村田に逆転弾を浴びたのである。

バッテリーは球児と城島。これでは矢野を出す場面でなくなった。もっと早く出していたら…という声もあったが、捕手・矢野に最もふさわしいシチュエーションでという真弓の思いは完全に裏目に出てしまった。

それでも矢野は人間ができていた。出場することなく終わった引退試合に、不満を漏らすことはなかった。

今シーズン、名選手が多く引退を発表した。福留、糸井、能見、明石。彼らは引退試合で打席に入り、マウンドに立ち、別れを惜しむファンから拍手を送られた。でも矢野は違っていた。こんな引退試合は珍しい。当時は大きな話題になって、スポーツ新聞でも大きく扱っている。

プレーヤーとしては中途半端? な終わり方だったが、今回はどうだろうか。10月2日、タイガースは3位を決め、矢野にはまだ先があるのか。それとも敗れ去り、正真正銘、この日をラストにユニホームを脱ぐのか。ファンはその日を待つしかない。

もし仮に2022年シーズンの終焉(しゅうえん)となれば、阪神のステージは次に進む。次期監督問題が一気に表面化し、大きな騒ぎになることは間違いない。いまは嵐の前の静けさ…といったところか。球団サイドはシーズン中の新監督問題について、一切触れることはないとしている。僕的にはこれほど静かなシーズン最終盤は記憶にない。例えば1984年、日本シリーズで広島と阪急が激突。ところがスポーツマスコミは阪神の監督問題に特化し、日本シリーズがぶっ飛んでしまった。

そこで機構側から異例の通達があり、阪神のお家騒動は全国に伝わった。そんなことを何年も何年も繰り返し、それを取材してきた身として、今回の静けさは異様にも感じるけど、そこは矢野に対する配慮があるのだろう。

キャンプイン前日に今年限りでの退任を表明してスタートした2022年。キャンプ中に選手に胴上げされる「予祝」も物議を醸した。そして開幕9連敗という歴史的なスタートの失敗。本当にいろいろなことがあった。それでもCSに進むチャンスを得ている。まさに波瀾(はらん)万丈。そんな過去をしばし忘れ、いまは目の前の戦いに集中しよう。10月2日、矢野はどんな顔でその日を終えるのか…。(敬称略)【内匠宏幸】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「かわいさ余って」)

引退セレモニーでファンに最後のあいさつをする矢野燿大(2010年09月30日撮影)
引退セレモニーでファンに最後のあいさつをする矢野燿大(2010年09月30日撮影)