岡田彰布は66歳、新庄剛志は52歳。年の差「14」の2人、阪神での接点はわずかな時間だった。バース、掛布が去った後、ひとり残った岡田も晩年を迎えていた。1992年、そこに現れたのが新庄だった。亀山とのコンビでタイガースに新たな風を吹かせた。
「入団してきた時から、身体能力の高さはずぬけていたわ」。岡田は当時のことを記憶している。「ああ見えて、礼儀正しい男やったしな」。ただ個人的な思い出はほとんどない。
当時、新庄の人気はすさまじいものだった。寮の前は若い女性ファンが取り囲んでいた。だから自由に動けない。若い選手を誘い、いろいろなことを教えていたベテラン岡田だったが、新庄とはそんな機会はなかった。
「球団から、新庄を誘うな、連れて出るなってことになって。それくらいの人気やった」と振り返る。1993年、岡田は球団から戦力外通告を受けた。そのオフ、阪神を去る。オリックスへの移籍を決めた。対照的に新庄はタイガースの人気選手として育っていく。
そんな2人が昨年に引き続き、交流戦で激突した。直前、岡田は日本ハムについて、こんな話をしている。「強くなっている。これは間違いない。特にホームゲームでの勝率がすごい。地の利を生かしているのか。だからビジターでどうなのか。ここもポイントになると考えている」。
5月29日の初戦。甲子園でも日本ハムの勢いは続いていた。若い選手のハツラツとした動きばかりが目立った。特に攻撃力である。各バッターが初球から思い切ったスイングを仕掛けてくる。中途半端がない。スイングがしっかりしている。打球が鋭い。日本ハムのいいところばかりが出たゲームになった。
阪神は…というと、相変わらずの決定打不足に泣く。初球のカウント球である甘めの球を見逃し、相手有利のカウントにもっていかれ、最後はパワーボールに力負け。外野の間を破る打球は出なかった。
岡田は交流戦を得意にする監督だ。通算100勝一番乗りの監督で、事前の準備も万全。「スコアラーの報告を聞いて、そこから対策を練る。ただし、それ以上に大事なのは…」と明かしたのが「感覚、感性」のことだった。
実際に対峙(たいじ)しないとわからぬ感覚がある。「この肌感覚というのかな。打席の中で感じたこと。これをどう生かすか。ここが重要なんよ」。そう語っていたが、果たして選手はどう感じ、打席の中でどう考えたのか。大きなチャンスでふがいない内容に終わった森下、大山…。目を覆いたくなる内容に、岡田は苦笑いを浮かべるしかなかった。
交流戦に入っても、一向に上向かぬ打線。明らかに技量不足、これは否めないが、預かるコーチはどう対応しているのか。ずっと同じことの繰り返しで、打撃コーチに対する風当たりは当然、強くなる。「もっと前で打て、とコーチが指示しているのに、それもできていない」。ストレートに差し込まれるバッターに、岡田はコーチを通じて対策を伝えている。それが改善されないままの現状。晴れ晴れとした新庄の顔と、寂しげな岡田の表情がそこにあった。【内匠宏幸】(敬称略)(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「岡田の野球よ」)




