勝利監督インタビューを受ける指揮官・矢野燿大の目が少し潤んでいるように見えたのは間違いだろうか。“感激屋”の矢野だけにこみ上げてくるものがあったかもしれない。こちらも柄にもなくウルッときてしまった。

「甲子園、大好きです」。藤浪晋太郎は万感の思いを込めて、言った。元来、頭のいい男だ。言葉に深みがある。ヤジもきつかったけれど19年、1度だけ登板したときに大声援をもらって…。しっかり説明していた。ヒーローインタビューでこれだけ“物語”を語れる選手もいないだろう。

ちょうど1年前の今頃は新型コロナ・ウイルスに感染した初のプロ野球選手として療養していたころだ。青白い顔で謝罪会見をしたことも記憶に新しい。今となってはそこまで謝ることだったのかと思ったりもするが、とにかく他人には分からない苦しい経験もしたのだろう。そんなことを考え合わせ、思わず「よかったな」と涙腺が緩む。

涙が出そうになったのには他の理由もある。藤浪のこの言葉で「ある光景」を思い出したからだ。闘将・星野仙一の下、歓喜の18年ぶりリーグ制覇を果たした03年4月18日のことだ。

横浜を甲子園に迎えたこの試合、阪神は桧山進次郎(現日刊スポーツ評論家)のサヨナラ本塁打で勝利。白星は9回132球を投げた伊良部秀輝についた。ヒーローインタビューはその2人。そして甲子園大観衆の感想を聞かれた伊良部はこう言ったのだ。

「いやあ~。甲子園は世界一ですよ」

ロッテのエースから強引な形で渡米し、ヤンキースなどでも投げた伊良部は「ヒール=悪役」という風情だった。そんな伊良部がはにかみながら「甲子園は世界一」と言った。虎党にとってはしびれるセリフだった。「オオーッ!!」と地響きのようにどよめいたそのときの甲子園を今でも覚えている。

伊良部と藤浪の歩み、タイプはまるで違うけれど、突出した存在かつエリート的な優等生ではないという部分には共通項を感じている。藤浪の「甲子園が大好き」という言葉で当時を鮮明に思い出した。

今は亡き伊良部がそう話した勝利で03年の阪神はシーズン初の首位に立つ。そして最後までその座を譲ることはなかった。今季は藤浪に名文句が出ての貯金10だ。さあ、最後はどうなっているだろうか。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)