まさに「あと1本」が出なかった試合だ。9安打を放ち、2、5、9回以外はすべて得点圏に走者を送りながら無得点に終わってしまった。こういうのも、なかなか、めずらしい。今季10度目の0封負けだ。
そんな試合で「野球は難しいな」と思わせたのは佐藤輝明が打席に立つ状況だった。2回こそ1死走者なしだったが、その後は4、6、8回とすべて1死一、二塁。ことごとくチャンスで回るではないか。打順を5番から6番に下げても好機の方が不調の佐藤輝についてくるという感じだ。
その打席で三振、三振ときて、8回にようやく右前打を放った佐藤輝。その瞬間、両手をたたき、喜んだ。「根性論は好きではないですが、まさに根性で打ったようなヒット」。この安打にそう言ったのはサンテレビ中継の解説に来ていた坪井智哉だった。
阪神が弱かった現役時代、猛虎のヒットマンとして孤独に安打を量産していた坪井。現役の頃もそうだがDeNAの打撃コーチ時代によく話をした。記憶に残るのは、ある選手にこんなことを言っていた場面だ。
「おい! おまえはバットを抱いて寝てるのか!?」。バットを抱いて寝る…というのはこの世界でよく言われた伝説だ。なんとも昭和っぽい逸話で、正直、そんなことをして眠れるのかなとは思う。実際、坪井が声をかけていた選手に「そうやって寝てるの?」と聞いたが「いいえ。寝てません」と答えたものだ。
実際にやるかどうかはともかく、それぐらい道具に愛着を持って、真摯(しんし)にプレーしろということを表現する言葉だろう。
このコラムでは佐藤輝について結構、なんだかんだ書いているが、それだけ虎党からの期待が大きいということだ。佐藤輝が打てばムードが変わる。みんながそう認める選手はそれほどいるものではない。
8回の安打で両手をたたいて喜んでいたが、本当なら佐藤輝はヒット1本で喜ぶレベルの選手ではないはず。それだけ精神的に追い込まれているのか。そんなときこそ「バットを抱いて」寝てみてもいいかもしれない。そんなのアホらしい…と思っても。
前日はここでイチロー、マートンが「最終打席に安打することは大事」と考えていたと書いた。それからすれば佐藤輝は、とにかく最終打席で安打を放ったのだ。これを次につなげてほしいと思う。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)




