市川忠男氏(いちかわ・ただお=東京都立国立高野球部元監督)が、12日午後0時33分、転移性肝臓がんのため東京都国立市中1の9の20の自宅で死去、84歳。
東京都出身。葬儀・告別式は18日午前10時半から東京都立川市柏町1の26の4、セレモア立川会館白峯殿第1式場で。喪主は妻美智(みち)さん。国立高の監督として、1980年の第62回全国高校野球選手権大会に都立高として初めて出場。「都立の星」と呼ばれた。
市川忠男氏(いちかわ・ただお=東京都立国立高野球部元監督)が、12日午後0時33分、転移性肝臓がんのため東京都国立市中1の9の20の自宅で死去、84歳。
東京都出身。葬儀・告別式は18日午前10時半から東京都立川市柏町1の26の4、セレモア立川会館白峯殿第1式場で。喪主は妻美智(みち)さん。国立高の監督として、1980年の第62回全国高校野球選手権大会に都立高として初めて出場。「都立の星」と呼ばれた。

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