<君の夏は。>

 検見川(千葉)が6点リードの8回1死。代打で登場した阿形郁主将(3年)は、遊ゴロを打つと一塁へヘッドスライディングした。「凡打でも、チームの流れを変えないプレーがしたかった」と真っ黒のユニホームでニッコリ笑った。

 今年3月24日、終業式の日だった。「行ってらっしゃい」。寝室からお母さんの声が聞こえ、いつもと変わらぬ朝だった。昨年8月から、母敦子さん(49)はがんを患っていた。阿形も病名は知っていた。自宅療養で体調がいいときには試合観戦にもきていた。 しかし終業式の日、体調が急変した連絡が入った。病院にかけつけると、母はすでに意識がもうろうとした状態だった。「お母さん頑張れ、妹と叫び続けました」。母は目から涙がこぼれ、息を引きとった。父信さん(48)は「余命1年の宣告に、せめて郁の最後の夏の大会は見たいと願っていたんですが」と、悔しさをにじませた。

 小学2年で平川ファイターズに入団した。友人の誘いもあったが、野球が好きだった母の影響だった。練習の送り迎えに、お弁当作りと、子供のころから支えてくれた。昨夏、新チームの主将に就任すると、一番喜んだのは母だった。「すごいね。頑張って!」。その言葉を支えに、チームを引っ張ってきた。

 今大会の背番号は15。レギュラーでもないのに主将でいいのかと悩んだこともあったが、「主将として情けないことをしたら、お母さんが悲しむ」とチームメートを鼓舞する。チームのピンチには、「郁、正念場だよ。しっかり声をかけなさい」、という母の声が天から聞こえたという。ベンチの最前列で大きな声を出し続けた。阿形は亡き母を支えに戦っている。【保坂淑子】