名門・静岡高のリードオフマンとしてセンバツに2度出場した村松開人内野手(3年)が3日、スポーツ推薦で明治大学情報コミュニケーション学部に合格した。今年5月に負った左足首故障の影響で、不完全燃焼に終わった夏の悔しさをバネに、東京6大学リーグでの活躍を誓った。

村松が、東京6大学の名門で再起を誓った。今年5月に行われた、静岡商との定期戦で左足首を負傷。手術を経て迎えた最後の夏は、飛龍との4回戦(6-8で敗退)で代打出場した1試合のみに終わった。「すごく悔しかったです」。それでも、離脱した日々を無駄にするつもりはない。「それまで、裏でチームをサポートする機会がなかった。裏方の経験は、今後に生きると思います」。

明大を次の舞台に選んだ。その理由に、ある選手の存在を挙げた。「水野匡貴(まさき)さん(現ヤマハ)の影響を受けたので」。水野は、村松と同じ牧之原市出身。静高のエースとして活躍し、14年に入学した明大では、最速148キロの直球を武器に4年秋のリーグ戦で3勝した。憧れの先輩と同じ道を選んだ村松は「明治は競争もあって厳しい環境ですが、そこで自分の力を試したい」と強い決意を示した。

進路も決まり、改めて静高での3年間を振り返った。「ここへ来て、野球への取り組み方が変わりました。それまでは自分のことだけを考えていましたが、周りを見渡し、助け合うことを覚えました」。また、栗林俊輔監督(46)の教えを大切にしたいとも言う。「監督から学んだ『自主自律』を実践して視野が広がった。大学でも続けていきたい」と力を込めた。

夢はプロ入りだ。そのために大学ではスタートダッシュを期している。「1年からレギュラーになれるように頑張りたい」。これまで踏んできた大舞台での経験を糧に、大学野球の聖地・神宮球場で暴れ回るつもりだ。【河合萌彦】