センバツ優勝の大阪桐蔭は負けてなお、前に進んでいる。その思いを強くしたのは、名将の思惑がにじむ1枚の写真だった。5月29日、春季近畿大会決勝。1点差の9回、智弁和歌山に追いつめられたナインが最後の攻撃前、円陣を組む。西谷浩一監督(52)は、その輪にいない。ベンチにどっしり腰を落とし、選手を見守っていた。

どこにでもある写真を気に留めたのは、理由があった。6回から救援した最速148キロ右腕の武元一輝投手(3年)に4イニングで無得点。早いカウントから仕掛けても捉え切れなかった。今大会は140キロ中盤以上の球威、精度の高い変化球を持つ好投手に苦しんできた。この傾向を星子天真主将(3年)に聞くと、こんなことを明かしてきた。

「この大会は、西谷先生のアドバイスがほとんどなかった。どれだけ自分たちでできるか。自分たちでモチベーションを作ってやれるか。全体として、あまり(対応)できなかった」

監督は「気づかせ屋」でもある。選手が指示を忠実にこなすより、自ら気づいて生かすほうが成長につながる。敗戦の収穫を問われた星子は「収穫は…。負ける悔しさ…。初めての経験です」とかすれ声で言う。センバツを圧勝した大阪桐蔭に欠けていたモノ。昨秋から無傷の公式戦29連勝中だったチームにとって、初めて味わう感情だった。

前日28日も近江(滋賀)の山田陽翔投手(3年)に苦戦していた。最速149キロで落差のあるツーシームなどを駆使する剛腕だ。5回まで1得点。1点リードされたまま6回を迎え、同点に戻したのは足をつった山田の降板後だった。エースを攻め落とせなかった。

歴戦の名将だ。もしも、積極的にヒントを与えていれば武元も、山田も、打ち崩すキッカケがあったかもしれない。だが、あえて「近道」を示さなかった。連勝を伸ばすよりも、大切なことがある。甲子園に直接つながらない春近畿の戦いだからこそ、目先の勝敗だけにとらわれず、チームの現在地をあぶり出した。「教えない采配」は先を見据えたマネジメントだった。

西谷監督は敗戦後、淡々と言った。「負けから学ぶこともたくさんある。昨日の山田君も含めて、甲子園は上のレベルの投手を打っていかないと勝てないのは当たり前。好投手を打ち崩せる打力、攻撃力を身につけないといけない」。3月のセンバツでは、実は力量が抜きんでた快腕とは向き合っていない。剛腕攻略。春夏連覇に向けて足りないものが分かった。

今秋ドラフト候補の松尾汐恩捕手(3年)も「こういう負けで、全員、より気持ち的に上がってくる」と言い切った。春の屈辱を、夏へと向かう力に変える。