8月22日。仙台育英(宮城)が、東北勢悲願の「大旗白河越え」を実現した。日刊スポーツ東北版では「仙台育英 日本一の軌跡」と題し、前、後編2回にわたり、18年から監督を務める同校OB・須江航監督(39)のインタビューを掲載します。前編は「負ける怖さ」を知った昨夏の敗戦からの巻き返しを誓った1年にフォーカス。日本一の栄光の裏には、敗戦から学んだ「育成と勝利の両立」というチームの進化がありました。【取材・構成=佐藤究】

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100年を超える高校野球の歴史の中で「大旗白河越え」は、東北勢の悲願であり、封印され続けてきた扉だった。その球史に風穴をあけたのが仙台育英就任5年目の須江監督だ。監督はあの瞬間をこう振り返る。

「優勝した瞬間、喜びは一瞬でした。1年前の3年生たちの顔が浮かびました。毎年ですが、負けた後に勝った時は、負けさせてしまった3年生たちの顔が浮かびます」

21年7月17日。仙台育英ナインは途方もない喪失感の中にいた。宮城大会4回戦。仙台商に2-3で敗戦。夏5連覇を阻止され、県内公式戦連勝が「44」で止まった。同年センバツは8強入り。投打ともに戦力が充実し、優勝候補筆頭に挙げられていた同校がまさかの結末を迎えた。「負けることがこんなに怖い、悲しいことだと忘れていました。あの敗戦(仙台商に敗れた試合)は、これから2度と忘れないと思います」と、ずっと胸に刻み続けてきた。

短すぎた夏が「日本一」までの長い助走となり、ターニングポイントとなった。

新チームが始動して真っ先に取り組んだのは“敗戦”と真摯(しんし)に向き合うことだった。当時の3年生を中心にグループを作成。グループごとに「自分たちの試合の敗因は」「1年間の取り組みに間違いはなかったか」「どんな練習をすべきだったか」といったテーマを決め、反省点や改善点を現2、3年生に伝えた。須江監督は「2度と同じようなことを起こさないために(当時の3年生に)『力を貸してくれ』と伝えました。立派でした。ここまでやってくれた3年生はいないと思います。結果的にあの敗戦が、あのミーティングが生きたと思います」と、日本一の大きな要因に挙げた。

あの敗戦は須江監督にとっても、自分を見つめなおす絶好の機会となった。SNS上には選手へのねぎらいや批判など多くの意見が寄せられた。須江監督は可能な限り、さまざまな多くの意見に目を通した。「負けて、負けを整理しないといけません。批判もあれば、称賛もあります。(自分たち以外の)客観的な意見が見たかった」。そんな中、ツイッターに寄せられた、とある文章に目が留まった。

「これは推測の域でしかないけど、出場機会とか個人の能力を見いだして高める部分にこだわりすぎて(それが悪いこととは断じてない)、元々須江さんの一番の持ち味だった野球の細かい部分が失われてるんじゃない?」

的を射ていた。監督自身も身に染みて感じ取った。「“育成と勝利の両立”に対して、もっと丁寧になりました。もっとピンポイントで、競い合ったり、伸ばす部分や時期を設定しました。競争の時間が長期化してしまい、チームを成熟させる時間があまりなかった。チームの幹になる部分と、枝葉になる部分の捉え方を変えました」と言う。

18年の就任から一貫して掲げるのは、「日本一熾烈(しれつ)な競争」。選手同士がしのぎを削り、真のレギュラーを決める。その信念はぶれることなく、育成と勝利を両立させるために競争の時期や、その方法を微調整した。

弱気になった時もあった。須江監督は昨秋の宮城大会前の心境をこう語っていた。

「(昨夏の敗戦は)正直苦しかったです。『全国優勝はできる』という感情もありながら『もう2度と優勝できないのでは』と思ったこともありました。(就任してから)1ミリもそんな感情はなかったです。これは進化と捉えていいのではないですか。でも今は不安の方が大きい。でも、これが普通のメンタルだと思います」

この夏は昨夏とは天と地の差だった。「あの時の光景(昨夏)と日本一になった時の光景は天と地ほど違いました。自分側(仙台育英)のスタンド、ベンチ、視界に映る人は全員笑顔でした。でも、あの時は視界に映る全員が泣いていました。それほど違いました」

唱え続けた「日本一」の栄冠。悔し涙から歓喜-。あの大きな1敗を教訓に、揺るぎない信念で東北勢初の金字塔を打ち立てた。

◆須江航(すえ・わたる)1983年(昭58)4月9日生まれ、さいたま市出身。小2で野球を始め、鳩山中(埼玉)から仙台育英入学。2年秋から学生コーチとなり、3年春夏の甲子園に出場(春は準優勝)。八戸大(現八戸学院大)でも学生コーチを務めた。06年から仙台育英系列の秀光中軟式野球部監督となり、14年に全国制覇。18年1月から仙台育英の監督に就任。1年目の夏から甲子園に出場。今夏を含めチームを5度の甲子園出場に導く。情報科教諭。