日大三(西東京)が2年連続で夏の甲子園切符をつかんだ。エース安田虎汰郎投手(3年)が9回126球を投げ、5安打1失点で準々決勝から3試合連続完投。力投でチームを勝利に導いた。

1-1で迎えた6回は無死満塁のピンチを背負うも、後続を打ち取り無失点に抑えた。今年3月に前監督の小倉全由氏(66)が退任し、三木有造監督(49)にとっては初の甲子園。家族が見守る中で勝利をつかんだ右腕は、次は甲子園の舞台で、さらに成長した姿を見せる。

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勝利の瞬間、ナインはマウンドに駆け寄り喜びを爆発させた。エース安田は輪の中心で、天に向かって人さし指を掲げた。

1-1で迎えた6回、四球と安打で無死満塁の大ピンチを招くも「自分のボールを信じて投げるだけだ」と目いっぱい腕を振った。後続を連続三振と二ゴロで抑え、この日一番のガッツポーズを見せた。以降も無失点に抑え、9回を1失点完投勝利。準々決勝からの3試合全てを投げ抜き、2連覇の立役者になった。

強さの秘密は「海」にある。出身は千葉県鴨川市の漁師町。普段は寮生活だが、実家に帰った時には朝4時起きで船に乗り、伊勢エビ漁師の祖父正二さんを手伝う。「小学2年生頃からやってます。不安定な船の上で網をあげたりして、体幹や握力が鍛えられたのかな」。朝から漁で汗を流し、夜は祖母の有子さんが作る海鮮料理でパワーチャージ。「ばあちゃんの海鮮料理は世界一。昔居酒屋をやってて、仲里依紗さんも来たことがあるんですよ」。

前日は緊張から気持ちが悪くなり、祖父に電話をかけた。「勝ったら伊勢エビやサザエを好きなだけ食わしてやる」と鼓舞されて奮起。中学時代には漁で使う網でティー打撃のネットを作ってくれた。家族が見守る中、魂の投球でチームを勝利に導いた。試合後は「家族には本当に良くしてもらってる。こういった形で成長した自分を見せられて良かったです」と顔をほころばせた。次はさらに成長した姿で聖地に立ち、感謝の思いを伝えるつもりだ。【玉利朱音】

▽日大三・二宮士(まもる)主将(甲子園出場を決め) 何て言ったらいいか分からない、うれしい気持ち。人生で初めて胴上げしてもらって、この仲間たちと野球して本当に良かったと心の底から思いました。

◆日大三 1929年に日本大学赤坂中学校として設立された私立校。49年に現校名。生徒数は1139人(うち女子415人)、野球部は29年に創部で部員数は74人。甲子園出場は春は20度、夏は19度目。主な卒業生はオリックス山崎福也、広島坂倉将吾ら。所在地は町田市図師町11の2375。樋山克也校長。

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