「東北一家」三男の夏が終わった。東北の大場隼汰(はやた)主将(3年)は「1点差ゲームを勝ちきれなかったのは、キャプテンである自分がまとめきれなかったからで、仲間には拍手を送りたいです」と涙が止まらなかった。
東北への進学は必然だった。「小さい頃から父や兄と同じ縦縞ユニホームを夢みてきました」。父信哉さんは、同校主将として91年夏の甲子園に出場し、2人の弟も同校で甲子園出場。さらに、隼汰主将の兄2人も同校卒業生と、まさに「東北一家」だ。
今年で創部121年。主将就任が決まった時には、信哉さんから「背負うものは大きい」と、現役時代の話をされた。覚悟はしていたものの、その重責は予想をはるかに越えていた。隼汰主将は「時代が変わっても東北高校のキャプテンは、今までに感じたことのない重圧だったり、プレッシャーというのを感じました」と歴史の重みを感じた。
弱音は1度も吐かなかった。だが試合後、支えてくれた家族を前に、ようやく本音を口に出すことができた。「初めて『辛かった』と言われました」と信哉さん。「重圧を感じずに、楽しんでくれれば良いなとは思いましたけど、責任感も強いので、考えすぎたんだと思います。兄2人も甲子園に行けなかったので、『兄貴の分まで』というプレッシャーみたいなものも感じさせてしまっていたのかもしれません」と話した。
幼い頃から「自分の夢は、自分でかなえる」と突き進む少年だった。涙の幕切れとなったが、最後まで夢に向かう主将としての背中を見せた。伝統をつなぎ、歴史の1ページに名を刻んだ。【木村有優】

