<高校野球大分大会:森2-1中津北>◇13日◇1回戦

 重光先生勝ちました!

 大分大会で9日の開会式後に監督で教員の重光孝政さん(享年44)を亡くすバス事故に見舞われた森が、中津北との初戦に勝利した。観客席から重光さんの遺影が見守る中、初回に本塁打で先制されたが、逆転して競り勝った。いまだ事故の精神的ショックを抱えながら、選手たちはたくましく戦い、恩師にささげる白星をつかんだ。

 一塁側スタンドが、喜びと涙にあふれた。母親たちは「監督さんが…監督さんが勝たせてくれた」とタオルで顔を覆い、むせび泣いた。まだ生々しく記憶が残る事故から4日後。森が1点差を競り勝った。

 初回に本塁打で先制されたが、3回1死三塁から内野ゴロの間に同点。8回、犠飛で勝ち越した。「天国にいる涙もろい重光監督が、涙を流しながら手をたたいているはずです」という山崎隆典校長(57)の声も体も震えていた。

 開会式の後、指導してきた監督を亡くす痛ましい事故だった。部員ら22人も重軽傷を負い、まだ入院中の選手が1人。ケガで1人がベンチ入りできず、この日は19人。記録員でベンチ入りした女子マネジャーも、膝にサポーターをして、歩行は松葉づえの痛々しい姿だった。体だけでなく、精神的な傷も抱える。大会辞退の可能性もあった。そんな中でチームをまとめたのが、重光さんの信条。「声と全力疾走」だった。

 試合前、ベンチ前で全員が塊となり、1分近く声を張り上げた。攻守交代では全力で走った。「試合前から『重光野球をやろう』とみんなで話し、全員で見せることができた。重光野球は『声と全力疾走』。監督も『よく走ったな』と言ってくれるはずです」と三塁手の平川拓也主将(3年)は赤い目で言った。「(重光)監督が近くから『頑張れ』と励ましてくれているようだった」。ピンチのたび、平川は三塁から、そしてエース後藤宗一郎(3年)はマウンドから、観客席の遺影に視線をやった。

 国東高で教え子、そして森ではコーチとして重光さんを支えていた小野優哉監督(26)も万感の思いだ。「勝たせることができてよかった」。試合前日には、こう語りかけたという。「重光先生は亡くなったかもしれないが野球、プレーの中に生きているんだ」。選手たちは教えてもらったことを思い出し、粘り強く戦い抜いた。

 恩師の遺志をつぎ、初戦を突破した。2回戦は16日。エース後藤は「これからも勝つことも大事だが、全力疾走したい」と誓った。【実藤健一】