<全国高校野球選手権:利府4-2佐賀北>◇13日◇1回戦

 東北勢の先陣を切った初出場の利府(宮城)が、夏1勝を手にした。07年に日本一になった佐賀北を下した。同点に追いつかれた直後の6回裏2死満塁で、1番万城目晃太外野手(2年)が中前に決勝2点打を運んだ。3投手の継投、7犠打の手堅い攻めなど利府野球が全開。宮城公立校の勝利は、83年仙台商以来31年ぶりとなった。利府は18日の大会第8日に、高崎健康福祉大高崎(群馬)と2回戦を戦う。

 浜風に乗って、利府の校歌が甲子園に響き渡る。「がばい旋風」で全国制覇の経験がある佐賀北を撃破して、初陣を飾った。ナインはこれ以上ない笑顔で、アルプススタンドに向かう。穀田長彦監督(44)が褒めた。「自分たちの野球で勝てたのが大きい」。

 初出場とは思えないほど、利府野球全開だった。宮城大会1試合平均5・29個の犠打は、4回を除いて毎回の7つを数えた。スリーバントも2回あった。2犠打を決めた9番葛巻孝太(3年)は「得意ですから」と笑顔。得点圏に走者を進め、安打でかえす攻撃を甲子園でも徹底した。5回に2点を先制した万城目と2番上野幹太主将(3年)の連打、6回の万城目の決勝2点打は、犠打で好機をつくって生まれた。

 小技がさえれば、投手陣は先発奈須野聖也、2番手山内望、3番手渡辺智也(すべて3年)の“お家芸”継投で勝ち切った。渡辺は穀田監督との交換ノートに「不安」と書いた。返ってきたノートで「いつから不安になる(ような)いい選手になったんだ」とたしなめられた。「それを見て攻めの気持ちになった。最後は9球連続スライダー。自分の生命線。打たれても悔いはない」と、9回2死満塁のピンチを断った。

 春の県大会後、穀田監督は不調の山内、元4番の7番鈴木祐人(3年)に「引退しろ」と突き放した。山内は練習試合に「悔しさをぶつけた」。鈴木は力任せのスイングをやめ、「何かを変えないといけない」とバットを短く持ちセンター中心の打撃を心掛けた。主将も万城目から上野に代わった。同監督が「賭けでした」と言うゼロの状態から選手が各自でやるべきことに気付いた。投打の柱はいない。継投や犠打を絡めて得点する共通意識は、この時期に芽生えたという。

 夏31年ぶりの宮城公立校勝利は、明日15日に45歳になる穀田監督に、ひと足早い誕生日プレゼントになった。だが1勝だけで満足はしない。利府が09年センバツで4強入りしたVTRを何度も見た上野主将は「目標であり、超えたいチーム」と言った。「がばい旋風」の佐賀北を下し、甲子園に再び「利府旋風」が巻き起ころうとしている。【久野朗】

 ◆09年センバツの利府旋風

 21世紀枠で春夏通じて初出場。掛川西(静岡)との1回戦は17安打と打線が爆発して10点を奪い大勝。2回戦では習志野(千葉)を、準々決勝では早実(東京)を破り21世紀枠のチームでは01年宜野座(沖縄)以来の4強入り。準決勝では菊池(現西武)を擁した花巻東(岩手)と対戦。2点を先制したが、2-5で逆転負けした。

 ◆夏の宮城公立校

 利府は、宮城代表の公立校としては83年に3回戦に進んだ仙台商以来の勝利。84年以降は98年の仙台、02年の仙台西、11年の古川工の3校が出場し、いずれも初戦敗退。その間は私立の仙台育英と東北の2強がほぼ独占。その他の私立では、88年に東陵が1度だけ出場している。