いよいよ、やっとプロ野球が始まる。監督も選手も初めて体験する開幕だが、待ち望んだファンにとっても未体験の開幕となる。19日の東京ドーム、相手は巨人だ、菅野だ。矢野監督は20年打線の目玉構想といえる「2番近本」で開幕ダッシュを目指す。86年、阪神日本一のトラ番で元和泉市長の井坂善行氏は、「85年とは真逆の打線。吉と出るかどうか」と分析する。
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まだ新型コロナウイルスが大騒動になっていないころ、矢野監督のコメントがやけに記憶に残っている。沖縄・宜野座キャンプ中盤、当時は例年より早い開幕に合わせ、どの球団も仕上げを急いでいた。
たしか、初めての実戦、紅白戦の時だった。矢野監督はオーダーについて報道陣から聞かれると、「すべてコーチに任せた。オレが言ったのは2番は近本、だけ」という短いコメントに、矢野監督らしいこだわりを感じた。
新人王は逃したものの、ルーキーイヤーの昨年は盗塁王に輝く活躍。本人の2年目にかける意気込みは、本日のニッカン1面(大阪版)でお読みいただくとして、私は点の取れない阪神打線のキーマンは「2番近本」だと見る。
昨年は1番として108試合、2番は28試合。シーズン終盤から2番で使い続けた矢野監督は「攻撃のバリエーションが増える」という理由で、1番もクリーンアップの確定していないキャンプの時点で2番は近本で固めた。
おそらく、走者を置いての「打者・近本」を想定した時の捕手としての立場から生まれたものだろう。たしかに、守る側から考えれば、何をしてくるか分からないし、攻める側に立てば何でも仕掛けられる。そのベンチワークの戦いの一方、フリーに打たせることによって、近本の打撃も生かせるというものだ。
あの85年の阪神日本一の時は全く逆パターンだった。1番真弓をはじめ、バース、掛布、岡田のクリーンアップは動きようがない。さらには6番以下も佐野、平田、木戸で決まっていた。スタメンの中で変化があるのは2番だけだった。
基本はベテランの弘田。足を生かす時は北村。相手投手によっては左の吉竹。この3人の併用だけがポイントで、あとは不動のオーダーで1年間打って打って打ちまくっての日本一だった。
当時とは対照的なオーダーで挑む2年目の矢野監督と、同じく2年目の近本。果たして、指揮官が心中覚悟とも思える「2番近本」が機能するかどうか。
開幕スタメンは1番糸井、そしてマルテ、ボーア、福留のクリーンアップとなるだろう。昨年終盤の猛烈な追い込みの時から温め続けてきた2番近本。矢野監督のことだから、1番やクリーンアップを動かしても、2番近本にはこだわり続けるに違いない。逆説的に考えるなら、2番近本を動かさなければならなくなった時が「ピンチ」ということになる。
<独り言>
19日の開幕が待ち遠しい限りだが、チームはいきなり「死のロード」を迎える。開幕から5カード遠征で、甲子園に帰ってくるのは7月7日の巨人戦。例年、聖地を球児に明け渡す8月の「死のロード」より長い遠征である。
待遇が良くなったとはいえ、毎日毎日ホテル暮らし。しかも、今年はコロナ対策ということから、基本的には外出禁止だという。ホテル近くのコンビニぐらいしか外出できないというのだから、そのストレスは相当なものになるに違いない。
その点、35年前のストレス発散は豪傑揃(ぞろ)いだった。一応、門限は午前1時と決まっていたが、吉田監督もうるさく言わなかったし、私自身、「時効」とお許しいただけるなら、とっくに門限を過ぎた時間に門限破りの選手と一緒に出かける毎日だった。5カード、15試合。なんとか5割ラインで甲子園に戻ってきたいところだが、ストレス対策もポイントになりそうだ。
<阪神で活躍した主な2番打者>
◆弘田澄男 身長163センチの小柄な体からバント、エンドランなど多彩な打撃を展開。85年には1番真弓からバース、掛布、岡田の強力クリーンアップへのつなぎ役を果たした。
◆和田豊 卓越したバットコントロールで暗黒時代の中心選手。88~89年には2年連続セ・リーグ最多犠打。通算1739安打は阪神史上4位。
◆赤星憲広 03年に1番今岡とのコンビで、初回から何度もチャンスを拡大。3番金本のアシストも受け、61盗塁で優勝の立役者に。通算381盗塁は球団最多。
◆平野恵一 オリックスから加わり、10年の59犠打は球団シーズン最多。同年214安打のマートンを上回る打率3割5分(セ2位)。在籍5年ながら、通算183犠打は球団3位。



