08年シーズンに向けた1歩目。鳴尾浜で始まった秋季練習の初日に、岡田監督のカミナリが落ちていた。声を荒げた相手はコーチや選手ではない。球団フロントの広報だった。

練習を終えた岡田監督が独身寮内に戻るとロビー内で熱心に取材が行われていた。先発で8勝を挙げて新人王に輝いた上園がまばゆいライトを浴び、カメラの前で質問に答えていた。苦々しく思った指揮官は「せやから勘違いをするんや。やめさせえ」と広報に指示した。07年にブレークした若トラが、真のレギュラーをつかめるかどうか。キャンプまで続く秋季の鍛錬が必要不可欠だと見ていた。だがその始まりで、危険な兆候に接していた。

「阪神だけは特殊。ヒット1本、アウト1個で大ヒーロー。ホームランでも打てば新聞の1面。どうしても勘違いしてしまう」

報道だけでなく、関西の老舗人気球団を取り巻く環境はどこまでも甘い。中心選手から指導者とタテジマを着続けた岡田監督には骨身に染みていた。

いつになく若手が台頭した昨季。投手では上園、打者では林と桜井を筆頭に多くの逸材が1軍で活躍した。岡田監督以下、現場スタッフにも今季はチームの世代交代が進む年という位置づけがあった。だがそれには条件がある。「勘違いをしないこと」。秋季のみならず、オフからのキャンプにかけて緩まず練習させることに神経を注いできた。やんわりと取材“規制”し、球団納会など公式行事でのあいさつでも「勘違いするなよ」とわざわざ呼びかけた。

ただでさえ林と桜井はシーズン中の負傷から治療に時間を要し、秋季キャンプは2軍でスタート。ある首脳は1、2軍が合流した高知・安芸で「桜井は相当遅れている。昨季のいい時まで戻るのはかなり時間がかかるのではないか」と不安を口にした。

右の代打要員で開幕1軍メンバーには加わったが、1本のヒットも放てないまま4月25日に登録を抹消。その後2度の昇格を果たしたが、戦力として貢献できなかった。林も打率2割5分を割り込み、本塁打は2本止まり。レギュラー寸前で足踏みした彼らに代わり、新井ら北京五輪期間に主力の穴埋めをしたのは中堅の葛城であり高橋光だ。先発でも上園は2カ月間で4勝を挙げただけ。巨人とデッドヒートを繰り広げた9、10月戦線を支えたのは新人の石川だった。

「選手はほんまようやった・この戦力でめいっぱいやったと思う」と岡田監督が辞任を決意した後に振り返った。だが「めいっぱい」の中に、若手の台頭不足という誤算は含まれていない。伸び盛りの選手が伸びきれない状況に、誰よりも歯ぎしりをしていたのが岡田監督だった。歴史的な逆転V逸の要因に、若手選手の甘えが許される土壌も見過ごせない。【阪神取材班】(おわり)