低く、低く振った右腕が、想像もしなかった高みに連れていってくれた。
東大のエース渡辺向輝投手(4年=海城)。競技人生最後のマウンドだった。大学入学後に取り組んだアンダースロー投法で、集大成の45球を投げ抜いた。
「大学に入ってアンダースローを始めて。最初は不安しかないような挑戦ではあったんですけど、その中で自分なりにできることをしっかりやってきて。高校の頃の自分では想像もつかないように高いレベルで野球をさせていただけたので、本当に感謝しかないですし、アンダースローにしたことで野球人生が変わったと思います」。
父は「ミスターサブマリン」こと元ロッテの渡辺俊介さん(49)。父とは異なる道を選び、野球だけではなく勉学に励んだ。一般受験で東大に現役合格し、神宮のマウンドに上がる道を選んだ。
プロの子どもとして初の入部者。全国各地の猛者が集まるリーグで「自分だけの武器」を求めて、入学後に父と同じアンダースローに転向した。当然、注目度は上がる。それも覚悟の選択だった。それは父のまねをしたかったのではなく、野球人として強豪そろう6大学リーグで勝利を目指すための決断だった。
「親に認められたいというよりかは、周りの人たちに自分は1人の人間としてちゃんと認めてほしいなと思いでやっていました。その中に自分の父をいたのも間違いないと思います」。
渡辺俊介の子どもではなく渡辺向輝でありたかった。東大に進んだのも、それが存在証明だったから。同じ投法にする事で、「息子」という見立ては強調されるからこそ、その中で1人の人間として屹立(きつりつ)したかった。
この日、「自分が4年間やってきたことが通用した球」と自賛した1球があった。
0-4の4回に3番手で登板した。前日に先発し5回1失点の好投からの連投。疲労感はいなめず、いきなり2死一、三塁の危機を招き、打席にはヤクルトからドラフト1位指名された松下歩叶内野手。大学日本代表などで交流もあった好打者に、「あのコースが苦手だというのは前々から分かっていて。気持ちで投げ切りました」と内角直球を放った。
見逃し三振。松下に「本当に良いボールで」と言わしめた渾身(こんしん)のストライクに、両腕を広げてベンチに駆けた。充実感みなぎる目の輝きがあった。「すごくうれしくて、喜んじゃいました」と照れた。
6回に連打を浴びて、4失点で降板となったが「今日で野球をやめることにはなるんですけど、4年間、東大野球部でいっぱい投げさせてもらえて。ほんとにいい思い出だったなと思っています。なので後悔とかは特にないです」と晴れやかだった。目に浮かべた涙は「今の4年生で、4年間一緒にやってきて。それが今日を境に急に終わってしまうのがすごく寂しいなという気持ちが1番」だから。
東大でこそ、味わえた人生の指針があった。「相手が自分たちよりも圧倒的に格上で、本来であれば勝てるわけがないような相手と戦う。その中でどんなに絶望的な状態になっても、自分たちができることは何かを必死で考え抜いて、それを勇気を持って実行すること。とにかく大事だと、4年間で学んでこれました」と胸を張った。
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最後のマウンド。父俊介さんはスタンドから見守った。「向輝だけじゃなくて、他の選手たちも、向輝を通じて、いろんな〓(繋の車の下に凵)がりがあった。彼ら1人1人の頑張りは、毎回感動させてもらってる。知らぬ間に東大野球ファンになってたんです」と挑む姿に心を動かされてきたという。
「素直に自分の息子ですけど、すごいなと。東大に入った時点でそれは立派だなと思ってましたし、誇りに思ってます」と自分の道を進む姿を頼もしく感じてきた。そして同じアンダースローを選び、エースとなった事が、自身の野球観ではなかった魅力を感じさせてくれもした。「文武両道でやってきたことを、これほど皆さんに注目してもらえた。何か発信したり、それで、向輝が投げてる姿を見て元気もらったとか勇気もらったとか言ってくれる」と感銘を受けた。
この日、海の向こうの米国では大リーグのワールドシリーズで大谷翔平が大暴れしていた。「大谷君がすごい頑張ってるんで、それで今いろんな人に野球興味持ってもらってるんですけど。東大野球部から発信するということで、また今までと違う方々が野球に興味持ってくれた。僕が今まで発信してきたのと全然違う方々に注目してもらった。そういう意味では意味があったんじゃないかなと」と気づかせてくれた。
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プロ志望届を提出するまで、高みに挑めると思っていなかった4年間の果て。指名は入らなかったが、向輝の胸の内にはしっかり野球を通じた誇りが宿る。
「自分にとって野球は、自分を人として成長させてくれた大事な経験、大事なスポーツ。自分を人としてかなり成長させてくれた大事な存在だと思います」。
卒業後は一般企業に就職する。
1人の人間として、ちゃんと認めてほしい-。
「世界一低い」と称された父とは違う、自分だけのフィールドで戦った。父の幻影を色濃くするような選択をしたからこそ、なお強く「人間」として4年間を過ごせた。
「今日やってみて終わっちゃったんですけど、すごい野球が好きだったかなと思います」
渡辺尚輝。東大のサブマリンエースとして、唯一無二の選手人生を歩めた。【阿部健吾】



