阪神藤川球児監督(46)が、かつての同僚の“日本一”に刺激を受けた。22日のDeNA戦(横浜)は今季13度目の雨天中止となったが、この日はうれしい出来事があった。「大変でしょうけど、よく日本一の監督に、2回目ですか、すごいですね。素晴らしいと思います。心優しい人ですから」。夏の甲子園で智弁和歌山が5年ぶり4度目の優勝。率いた中谷仁監督(47)は、阪神でバッテリーを組んだ間柄だ。

中谷監督が97年、藤川監督が98年のドラフトでともに1位。1歳違いで仲も深い。藤川監督が大リーグを経て帰国し、四国IL高知に入団した15年。練習相手になってくれたのが、現役を引退し指導者を目指していた中谷監督だった。

「練習する時に2人でグラウンドを借りてね、ピッチングをして、受けてもらってという1週間を過ごして、また僕は高知で投げに行くという。人との縁とかを大切にしていると、中谷さんも日本一になるしね。それは大いに自分の勉強として」

プロ、アマと違えど、チームの導き方にも感銘を受けた。「1日1日、一人一人にしっかりアプローチをサポートする方なんで、それが伝わって選手たちが躍動したんでしょうね。ともに成長しながら戦う、成長を願いながら、個の成長を勝ちにつなげていく。それはプロアマ問わず、こちらも今そういうふうにしているつもりですから」。理想のチーム作りに重なった。

昨年の阪神OB会総会で顔を合わせると、中谷監督は「高校野球の監督も大変だけれども、よっぽどプロ野球の方が大変だなと思いました」と話していたという。「タイガース自体も励みに変えてね、今後頑張っていきたいと思うし、本当にすばらしい活躍だったと思う。虎とついた名前の選手もいましたね。それが気になりました(笑い)。いろいろ縁を感じて、タイガースもがんばろうかなと思います」。優勝争い終盤に背中を押された。【磯綾乃】

◆藤川球児と中谷仁 中谷が智弁和歌山から97年ドラフト1位で阪神に入団し、翌98年に藤川が高知商から同1位で入団。ともに2軍暮らしが続いた若い頃はことあるごとに語り合い、2人で1軍を目指し汗を流してきた。中谷がプロ初出場した02年8月11日中日戦(ナゴヤドーム)で、先発マウンドに上がっていたのは藤川。中谷が阪神で最後に先発マスクをかぶった同9月5日広島戦(広島)も、先発投手は藤川だった。