<パCSファイナルステージ:ソフトバンク7-2西武>◇第2戦◇4日◇福岡ヤフードーム

 ド派手弾で王手ダ!

 ソフトバンク松中信彦外野手(37)が、値千金の特大アーチを放った。1点リードの8回裏。2死満塁で代打で登場すると、右翼席中段へ満塁本塁打をたたき込み試合を決めた。6度のポストシーズン敗退の悔しさを誰よりも知る男が、これ以上ないド派手な1発で悲願のCS突破を確信させた。

 3冠王にも輝いた男が、自分の打球に興奮していた。1点リードの8回。2死満塁から、代打・松中が大歓声に押され打席に入った。代わったばかりの西武牧田が投じた初球スライダーだった。あらん限りの力で豪快に振り抜いた打球は、CS突破を待ち望む右翼席のファンのもとへ着弾。両手を高々と上げ雄たけびをあげると、我を忘れてダイヤモンドを1周した。

 松中

 かなり興奮している。プロに入って初めて、鳥肌が立った。代打なんで誰がきても初球からいくつもりだった。

 何としても自分の手で「CSの呪縛」を解かなければならなかった。04年から6度敗退した過去のポストシーズンでは、思うような打撃ができず主砲として責任を一身に背負ってきた。「短期決戦に弱い」「松中じゃダメだ」…。期待が高いからこそ、毎年負ける度にそんな声が嫌でも耳に入ってきた。悲劇が始まった04年のプレーオフに出ていたのは1軍メンバーでは自身と川崎だけ。自分のバットでCS突破を決めない限り、想像を絶する悔しさは晴らせるはずがなかった。

 松中

 自分で始まったようなCS(の呪縛)なんで。いろんなことを言われた。打って見返してやろうという気持ちだけで、やってきた。

 不調だった昨季の巻き返しに燃えていた今季は、好調な打撃で勝利に貢献してきた。だが9月14日の西武戦で右膝に死球を受け右膝蓋骨(しつがいこつ)を骨折。10月中旬までランニングもできず、CS出場は絶望的に思われていた。「悔しい…」。10月中旬には地元の熊本・八代市内の神社に出向いた。「何とかCSに間に合わせてください」。地道なリハビリと神頼みしか方法はなかった。

 現在でも骨は6割程度しかくっついておらず、首脳陣も当初はCSメンバーに入れる考えはなかった。だが、チームが宮崎フェニックスリーグで調整試合を行っていた先月下旬。秋山監督に合流を直訴し、復帰戦の安打で代打でのベンチ入りをつかんだ。

 秋山監督

 見事だ、見事。

 期待に十二分に応える王手弾を放った主砲を、指揮官も手放しでたたえた。「CSの呪縛」が、あと1つの白星で解かれる。【倉成孝史】