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井上尚弥

Chapter2想像を超えていた3・2キロの衝撃 世界最速2階級制覇も右拳は壊れていた

一発の右ストレートが歴史を変えた。2014年12月30日、ライトフライ級王座を返上した井上は、東京体育館で2階級上のWBO世界スーパーフライ級王者オマール・ナルバエス(アルゼンチン)に挑戦した。

21歳の井上が挑む王者は、当時39歳。軽量級屈指の実績を持ち、フライ級で世界王座を16度防衛し、スーパーフライ級王座は11度防衛中だった。プロ・アマ通じて20年以上のキャリアで一度もダウン経験がなく、約12年間世界王座に君臨。デビュー8戦目の井上の挑戦には、「時期尚早」「無謀」との声も聞かれた。

だが、大橋会長には確固たる自信があった。ファン、関係者を驚かせた強気のマッチメークの裏側をこう明かす。

「当初はフライ級に上げて2階級制覇という頭でいたが、(WBAフライ級王者)レベコとの交渉がまとまらなかった直後に、同じプロモーターからナルバエスの話がきた。実績もすごいし、階級も2つ違う。尚弥と(父の)真吾トレーナーに話をして、少しでも迷ったら断るつもりだったが、2人とも『やりたい』と即答した。あの表情を見て、いける、勝負しようと思った」

2014.12.30 Super Fly Weight ( limit 52.1kg )

case3「骨がビリビリって」

経験のナルバエスか、勢いの井上か―。世界最速の2階級制覇がかかる決戦は、大きな盛り上がりの中でゴングを迎える。

試合は予想を大きく裏切る衝撃の展開となった。

1回、立ち上がりに細かな距離の探り合いをした直後だった。ゴングからわずか25秒。井上が大きなモーションで間合いを詰めると、上から打ち下ろすような右のオーバーハンド。どうにかガードしたナルバエスだったが、こめかみ付近に受けた威力で体勢を崩すと、1秒後、続けざまの右で腰から崩れ落ちた。ライトフライ級時代との差3.2キロ。アドレナリン全開で放った一撃は、井上自身の想像も超えていた。

「最初に強いパンチを打ち込むという作戦でしたが、あの一発は自分でも驚きました。試合でテンションも上がっていて、練習で打つのとはわけが違う。ライトフライの時の感覚で打ったら、骨がビリビリって。階級を上げたことによる3.2キロが、こんなに違うんだと痛感しました」

その一発が、この試合のすべてだった。流れをつかんだ井上は、スピード、技術、パワー、すべてにおいて伝説的な王者を圧倒した。フィニッシュシーンは、2回終了間際。左ボディーで4度目のダウンを奪うと、右膝をついたナルバエスの心が完全に折れ、10カウントが数えられた。

接戦を予想したファンの、声にならない声が会場を包む。スーパーフライ級初戦でけた違いのパワーを見せた井上の体―。リング上で、何を感じていたのか。

「(48.9キロの)ライトフライ級の時は、練習でつくった筋肉を削らないと体重が落ちない状態だったのですが、スーパーフライ級のこの試合ではそれがありませんでした。減量前の体重は60キロ程度で、減量幅は7~8キロ。試合直前まで良い練習もできましたし、力の乗り方がまったく違いましたね」

6分間の衝撃は世界に伝わった。世界最速の2階級制覇。その裏には、「作戦」「体づくり」の面でも綿密な準備があった。

WBO世界スーパーフライ級タイトルマッチ12回戦

ナルバエス(アルゼンチン)2回KO井上尚弥(大橋)

2014.11.06 井上尚弥12・30ナルバエス戦で2階級狙う

2014.12.30 強すぎる井上2階級制覇 拳疑われた

ドネア(左)の指導を受けながらサンドバッグを打つ井上尚(撮影・中島郁夫)

予備検診をする井上。驚異的に割れた腹筋がのぞいて見えた(撮影・柴田隆二)

1回、王者ナルバエスをダウンさせ駆け足でニュートラルコーナーへ向かう井上尚(撮影・山崎安昭)

2回、井上尚(右)はナルバエスに左ボディを打ち込みKO勝利でタイトルを奪取する(撮影・山崎安昭)

2階級制覇を2回KO勝利で飾った井上尚は、肩車されガッツポーズ。左は父真吾さん(撮影・河野匠)

ナルバエスとの対戦が決まり、真吾トレーナーは、スーパーフライ級に上げたことによるパワーが勝敗を分けると考えていた。戦略は「言葉」。試合に向けた取材シーンでは、勢いのある言葉をほしがるメディアに対し、「(狙いは)大差判定勝ち」と言い続けた。真吾トレーナーが、伝えたかったのは報道陣ではない。その報道が井上に伝わることを意識していた。真吾トレーナーは言う。

「どうやっても力む試合ですし、尚も階級を上げて、パワーを見せたい状況なのは明らかでした。空回りしたらナルバエスのキャリアにやられる。だから、『倒す』とか、KOを意識するような言葉は使わず、尚に伝えた作戦も『最初の1発で強いのを当てる』ということだけ。そうすれば、メリハリを意識する。一発で流れを持ってこられる強いパンチをいかに無意識で出すか。それが、この試合のポイントだったと思っていたんです」

父の戦略に乗せられた井上。階級を上げたことによる「食事」の変化も、パワーアップを後押しした。

栄養サポートを担当する明治の村野管理栄養士と取り組んだのは、減量に苦しんだライトフライ級時代からの3.2キロの差をいかにパワー、スタミナに変えるかだった。茹でたささみなどが中心だった食卓には、赤身の牛肉、ローストビーフが並んだ。村野氏は語る。

「テーマはスーパーフライ級で戦うためのスタミナとパワーを食事面から強化することでした。鉄分とタンパク質を積極的に摂り、スタミナ面では、赤身の牛肉を増やすことで、体内に取り込んだ酸素を全身に運搬する能力を高めることを意識しました。ライトフライ級時代は体重を落とすための食事でしたが、スーパーフライ級では、いかにパフォーマンスにつながる攻めの食事を取れるかが大切だと考えていました」

コンディション、作戦、階級―。すべての歯車がかみ合い、衝撃の2階級制覇を達成した井上。試合後のリング上でナルバエス陣営から、グローブの中身の確認を求められるほど、そのパンチは桁外れだった。

だが、歴史を変えた右手には、経験したことがないほどの痛みが走っていた。猛烈なスピードで駆け上がってきた怪物は、ボクサー人生を左右する大きな決断を迫られることになる。

階級を上げたことによる食事の変化(写真提供=明治)

ライトフライ級時の減量食(減量約10~9.5㎏)

ライトフライ級時の減量食から

試合3週間前からは食事量がかなり減り、肉類は鶏のささみ、胸肉、豚はしゃぶしゃぶ用のもも肉などを茹でたり、蒸したものが多かった。

スーパーフライ級時の減量食(減量約7~6.5㎏)

ライトフライ級時の減量食から

減量幅が軽減された分、食事量も増え、牛肉(赤身)のステーキやローストビーフなどを積極的に食べ、パワーアップ、スタミナ強化に取り組む

井上が実践した「栄養フルコース型」の食事

①主食②おかず③野菜④果物⑤乳製品の5つをそろえることで、エネルギーや体づくり、体調管理のために必要な5大栄養素がフルに摂ることができる食事法。井上は減量時においてもこの食事スタイルをベースとしている

①主食:最期の最後まで攻め抜くために、頭と体のエネルギー補給が重要。

②おかず:牛もも(赤身)肉ソテー。スピードやパワーアップに加え、12ラウンドを戦うスタミナ強化を意識。

③野菜:モロヘイヤ、切り干し大根、ヒジキやゴボウ煮物など。ビタミンやミネラル、食物繊維が豊富な食材を積極的に取り入れている。

④果物:野菜、フルーツジュースでビタミン強化。

⑤乳製品:低脂肪タイプのを意識。カルシウムやたんぱく質の強化だけでなく、カラダの中からの強さを求め乳酸菌を継続的に摂取している。




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