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井上尚弥

Chapter1ボクシング人生で初めて足がつった ほぼ絶食…1カ月9・4キロ減量の代償

ボクシングのWBAスーパー、IBF世界バンタム級王者・井上尚弥(28=大橋)が21年12月、国内で約2年ぶりとなる防衛戦を8回TKO勝利で飾った。米国の権威ある専門誌「ザ・リング」が階級の概念を除いて選手の強さを格付けするパウンド・フォー・パウンド(PFP)ランキングで日本人歴代最高の2位に入るなど、世界が認めるスターに成長した。14年にライトフライ級で世界王者となって7年。48.9キロから始まり、現在の53.5キロのバンタム級まで、「階級」「減量」「食事」とどのように向き合ってきたのか。ニッカンスポーツ・コムでは「怪物のカラダ」と題し、井上の歩みを連載します。第1回は「『足がつる…』 1カ月で9.4キロを落とした代償」。

今年6月、井上は米ラスベガスでの防衛戦を3回TKO勝利で飾った。2戦連続となる「聖地」のメインイベント。試合が全米中継されるなど世界から注目される中、挑戦者の脇腹にめり込むような左ボディーでその期待に応えてみせた。

アジア人、軽量級―。世界のボクシング市場における、そんなマイナスの常識は、井上には通用しない。過度な挑発もパフォーマンスもせず、165センチの身一つ、「強さ」だけで世界の主役の1人に上り詰めた。

「バンタム級に上げてからのパフォーマンスで注目度が増したのはすごく感じます。ただ、目の前の試合を1つ1つというのは変わっていないですし、ここまでくると、相手が弱いってことは絶対にない。少しの調整ミスも許されないし、少しでも良い状態でリングに立ちたいという思いはさらに強くなっています」

バンタム級―。かつてファイティング原田、辰吉丈一郎、長谷川穂積、山中慎介らがベルトを巻いた53.5キロの舞台に井上が闘いの場を移したのは、18年5月。マクドネル、パヤノ、ロドリゲスら階級のトップ選手を相手に衝撃的なKOを連発し、海外主要メディアの年間最高試合を総なめにしたドネアとの死闘。スーパーフライ級(52.1キロ)との1.4キロの差が井上の本来の力を覚醒させた。

「スーパーフライ級時代と何が違うのか? それは、ずばり1.4キロってことだと思います(笑い)。減量での過度なストレスがないから、試合直前まで練習に集中できますし、計量後のリカバリーにも頭がいく。6月の試合は、計量後の食事をがらっと変えました。あれが食べたいという欲はありますが、少しでも勝つ確率が上がる食事をしようと。減量苦だと、跳ね返りが大きくて、そういう心境にならないんです。実際、今までで一番いいコンディションで戦えましたね」

48.9キロのライトフライ級、52.1キロのスーパーフライ級時代は、まさに減量との闘いだった。だが、当時の経験が引き出しとなり、現在の体への意識につながっていると語る。世界王者となって7年。これまでの歩みを聞くと、「あの試合」と忘れられない過去の記憶を呼び戻した。

2014.04.06 Light Fly Weight ( limit 48.9kg )

case1「恐怖心しかなかった」

2014年4月6日。20歳の井上は、東京・大田区総合体育館で世界初挑戦のリングに立っていた。史上初の「高校生アマ7冠」の実績をひっさげ、プロに転向。大橋秀行会長が名付けた「怪物(MONSTER)」の異名通り、勝てば国内最速となる、デビュー6戦目での王座挑戦だった。

試合は、5度目の防衛を目指したメキシコ人王者から6回に右でダウンを奪い、TKO勝ち。多くのボクシングファンが新たなスター誕生に熱狂した。だが、ベルトを腰に巻いた井上の体には異変が起きていた。

◆WBC世界ライトフライ級タイトルマッチ12回戦

エルナンデス(メキシコ)6回TKO井上尚弥(大橋)

2014.4.6 井上尚弥プロ6戦でV4王者を6回TKO

1回、エルナンデス(右)の顔面に左フックを見舞う井上(撮影・野上伸悟)

プロ6戦目で世界王座を獲得した井上は肩車されガッツポーズ(撮影・野上伸悟)

世界最速で新王者となった井上尚弥(中央)は、家族と記念撮影。左から姉晴香さん、弟拓真、1人おいて父真吾トレーナー、母美穂さん(撮影・山崎安昭)

3回。左太ももの裏に張りを感じると、4回には足がつり、フットワークが使えなくなった。「倒しに行く」と強引に6回のTKOにつなげたが、試合から時間がたつと、勝利の喜び以外の感情が膨れ上がった。

「試合で足をつったのは、6歳からボクシングをやっていて初めての経験でした。拳なら対処のしようはありますが、足は相手に気づかれて逃げられたら、どうにもならない。これがいつ起きるか分からない。接戦の試合の終盤だったら? もし、次の試合できたら? そう思うと恐怖心しかなかったですね」

原因は明らかだった。ライトフライ級のリミットは48.9キロ。この体重を前日の昼に行われる公式計量でクリアしなければならない。この試合1カ月前、減量に入る直前の井上の体重は58.3キロだった。体脂肪率が10%を切った状態で、そこから9.4キロを落とすのだ。その上、この試合では、1カ月前を切ったタイミングでのインフルエンザが重なった。練習ができず、体重も落ちない。計量3日前からは、ほぼ絶食、絶飲で精神的にも極限状態だった。「気合の減量」で間に合わせたが、体は正直だった。

試合後、井上には2つの選択肢があった。1つは王座を返上し、階級を上げること。もう1つは、再び48.9キロまで落とし、防衛戦を行うこと。井上は、陣営の心配をよそに「王者の義務」と防衛戦を選んだ。

方向性が決まってからの、大橋秀行会長の動きは早かった。9月にセットされた初防衛戦に向け、6月には、食品大手の明治と契約。栄養面で元世界3階級王者長谷川穂積氏の防衛を支えた同社の管理栄養士・村野あずさ氏が井上の減量、栄養管理をサポートする体制を整えた。

2014.09.05 Light Fly Weight ( limit 48.9kg )

case2限界を超えた体重

村野氏の指導のもと、通常時の3日間の食事を細かく分析し、「弱点」を探った。現在もサポートを続けている村野氏は当時をこう語る。

「当時は、ボクサー特有の『減量=食べない、飲まないで落とす』という考えがベースにありましたし、朝食を取るのが苦手だったりと、栄養の摂り方も偏りがありました。栄養分析をしてみると、ビタミン、ミネラルが大幅に不足しており、足つりや試合前の体調不良を改善するためには、減量時だけでなく、日常の食事から見直す必要性があることを伝えました」

井上も、村野氏の教えを受け、キャリアで初めてプロテインを始めとするサプリメントを取り入れるなど、再び48.9キロとの闘いに向けて歩み出した。

「栄養の部分はまったく意識したことがなかったので、将来的なところを考えても取り組んでいった方がいいなと思いました。減量に関しては、今のように知識がないから、試合1カ月前から汗をかきやすくするために減量着を着たり、水分を摂らずに、その瞬間の体重ばかりを気にしていました。今はいかに体に水分をためながら落とすかを考えていますが、当時は『昭和の減量』。若い頃は(弟の)拓真と『1キロ落ちるなら、いくらなら払える?』と冗談を言ったりしていました」

迎えた初防衛戦。食事改善の効果もあり、減量は順調に進んだ。体調も良く、心配していた足がつることもなかった。

だが、そこが精いっぱいだった。格下の挑戦者を仕留めきれない。結果は連打でレフェリーストップによる11回TKO勝ちも、ラウンドが重なるにつれて、体に力が入らない現実をリング上で受け入れるしかなかった。48.9キロは、肉体的成長を続ける20歳の井上にとって、限界を超えたものだった。

◆WBC世界ライトフライ級タイトルマッチ12回戦

井上尚弥(大橋)11回TKOサマートレック(タイ)

2014.9.4(試合前日) 井上「生き生き」恒例サムゲタンぺろり

2014.9.5 井上初防衛 次はフライ級で2階級制覇

計量をパスしガッツポーズするWBC世界ライトフライ級王者の井上(撮影・柴田隆二)

9回、サマートレック(左)の顔面に右ストレートを決める井上尚(撮影・玅見朱実)

11回TKOで初防衛に成功した井上尚(撮影・玅見朱実)

「これが本来の姿ではないという悔しさもあるし、試合が楽しくなかったですね。1番はパンチに力が乗らないこと。感覚的には練習時の4割ぐらいしか力が入らない感じでした」

井上のライトフライ級での世界戦は2試合で終わった。試合後、陣営はすぐに次の対戦相手との交渉に入った。ターゲットとして名前があがっていたのは、世界的にも評価が高かったWBA世界フライ級王者ファン・カルロス・レベコ(アルゼンチン)。1つ上のフライ級で2階級制覇を達成し、長期政権を狙う。誰もが予想したそんな流れを裏切るかのように、同年末、大橋陣営は想像を超えたマッチメークで大勝負に打って出ることになる。

ライトフライ級時代の食事改善(写真提供=明治)

明治のサポート開始

村野氏(右)との最初のカウンセリング。写真(右上)が井上、左から真吾トレーナー、弟の拓真

体調不良やアクシデントなど、課題を克服しながらより強いボクサーを目指すため、栄養面からの見直しを開始。減量時だけでなく、日常の食事から見直す必要性や、栄養とコンディションの関係を学ぶ。

初防衛戦に向けた食事改善 課題と改善案

改善前の昼食(朝食抜き)(課題)この食事が1回目の食事。これまで朝食を食べる習慣がなく、朝昼合せて1回の食事で済ませることが多かった

⇒ (アドバイス)2食では1日に必要な栄養が確保しにくく、1日に摂取する量が同じであれば2食よりも3食のほうが太りにくい。、食事と食事の時間を空けすぎず1日3食食べるなど基本的な習慣を少しずつ変えていくようにアドバイス。毎食の食事は、必要な5大栄養素を満遍なく摂取するための「栄養フルコース型」の食事(①主食②おかず③野菜④果物⑤乳製品の5つを揃える)を意識する。

1.高たんぱく・低脂肪の食事の実践

アドバイスを受け自宅で実践した食事

これまでは鶏の唐揚げや焼肉(カルビ)など脂質の高いメニューが大好きで良く食べていたが、試合1ヶ月前からは外食を一切せずに、自宅で高たんぱく・低脂肪の食事を実践。揚げ物や炒め物などの脂質の多いメニューが消え、肉は油脂の少ない部位のもの、焼き魚や納豆、豆腐などのおかずが食品が中心となった。

減量期の体重グラフ

減量期1カ月間の体重の推移グラフ。写真右上=体重推移を記録した井上本人のメモ

2.高ミネラル・高ビタミンの食事の実践

毎食たくさんのメニューを少量ずつ摂取

野菜は色の濃い温野菜を中心に、根菜類、海藻類などビタミン、ミネラル、食物繊維が豊富な食材を使ったメニューを積極的に摂取するように意識。毎食たくさんのメニューが並び、これらを少量ずつ毎日食べ、減量期でも高ミネラル、高ビタミンと食物繊維が豊富な食事を実践することを目指した。




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