職業挑戦者、安彦のビッグマッチが決まった。3月26日の格闘技イベント「RISE ELDORADO 2023」(有明アリーナ)。相手は第4代DEEP☆KICK63キロ以下級王者のKENTA選手(30、RISEライト級7位)。68キロ契約3分3R(延長1R)で戦う。間違いなく過去最強の相手であり、試練と呼ぶには過酷すぎる相手である。しかし、僕は確実にワクワクしている。もちろん恐怖もあるが、ワクワクと恐怖は表裏一体とも言える。

今回の試合は僕にとって大きな意味がある。それは「否定の壁」を乗り越えるチャンスだからだ。僕の心友に栗城史多という男がいる。彼は登山家で冒険家。単独無酸素でエベレスト登頂を目指し続けた人間である。5年前の5月21日にエベレスト登頂目前で滑落してしまい、かえらぬ人となった。

僕は栗城くんからたくさんのことを学んだ。彼のことを無謀だと批判する人は、彼が亡くなった今も存在する。もしくは彼の存在そのものを忘れてしまっている人もいる。彼が挑戦している間は、応援したり、賛同したりしていても、気がつけばその存在はないものとされてしまっている。人の死は存在だけでなく、その人の足跡すら消してしまうことがある。

人は無責任な生き物だ。だからこそ、僕は栗城くんが掲げ続けていた「否定の壁」を打ち破り続けたい。僕にはエベレストに単独で酸素ボンベなしで挑むことはできない。しかし、僕には僕にしかできない挑み方がある。

栗城くんが生前こんなことを言っていた。「僕はみんなにエベレストに登って欲しいわけじゃない。エベレストを自分の中の“超えられない壁”=「否定の壁」と捉えて、僕が挑んでる姿から何かを受け取ってもらいその自分の中の壁を超えて欲しいんです」

今、僕は全く同じことを思っている。僕がリングに上がること、もっと言えば40歳でJリーガーを目指したことは自分の中にある否定の壁を乗り越えるためにある。自分が自分に言い訳をして何もしなかった時代が僕にもある。そして人のことに批判的になり、否定をして自分を正当化していた。そんな自分がいやらしくて醜かった。しかし、そうでもしないと自分の中でバランスが取れなかったんだ。

そんな人がこの日本には年齢性別問わず数多くいるはずだ。僕はそんな人に伝えたい。僕らはいつだってどんな時だって変わろうと思えば変われるんだ、と。何事も始めるのに遅いことはない。今が一番若いんだ。だから自分がやりたいことや否定的になってしまっていることがあればその壁を乗り越えてほしい。

1歩踏み出すのは勇気がいる。その勇気はどこで習得していいかもわからない。勇気は自分の中にしかない。しかし、その勇気の所在地に気がつくためにはキッカケが必要だ。それが栗城くんのエベレストへの挑戦であったり、僕の格闘技への“超戦”なんだと思う。

目の前の苦しいことや現実から目を背けず立ち向かってほしい。僕ら人間は空を飛びたければ飛行機を発明し、海を渡りたければ船を作った。それは科学ではなく人間だ。もっともっと自分を信じていい。自分の人生を信じ抜いた人だけが本当の意味での幸せを手に入れることができる。

いつから夢をはかるものさしがお金になってしまったのか。正直、格闘家のファイトマネーなんて知れている。それを必死に上げようとする人たちがいることは全く問題ないが、それは結局お金で夢や幸せを買おうとしてしまっていると思う。45歳でDEEP☆KICKという団体の王者とリングで拳を交える。相手は20戦以上もしている強者であり、RISEのランカーでもある。そこに挑むにはリスクが大きすぎるが、それをお金に変えて挑む意味を見つけようとは思わない。何故ならこれは人間のなすことであり、ビジネスではない。

人間が日々葛藤する泥くさい感情にふたをして、SNSで匿名の批判をする。そんな時代になったのはSNSの発展だけのせいだろうか。僕は違うと思う。人間が成熟できなくなった社会にも問題があり、そこで生きる人間が妥協を重ねてきた結果だと思う。

3月26日有明アリーナ。僕はここで人間を見せる。そしてその姿を見て、会場にいる人やABEMAで見ている人たちに伝えたい。自分の中の否定の壁を乗り越えよう!人生は何度でもやり直せる。無謀な挑戦をする必要はないが、やりたいと思っていること、伝えたいと思っていることをそのままにせず、1歩踏み出してほしい。それは実は自分の中にある否定の壁を越えることでしか始まらないんだ。

誰かのせいにしても、誰かをたたいても、社会のせいにしても、政治家をたたいても、自分の人生は変わらない。自分の人生は自分の中にある醜い自分を倒さない限り変わらないんだ。だから僕の今回の最大の敵は、王者のKENTA選手ではなく、自分の中にいる醜い自分なんだ。

語弊を恐れず皆んなにも伝えたい。醜い自分をぶっ倒すんだ!僕の試合を見てそんな思いになってもらいたい。明日を戦うためには今から目をそらすことができない。その今とは自分のことだ。社会や会社じゃない。自分だ。今とは自分のこと。自分と向き合い、醜い自分を受け入れてぶっ倒す。それが自分の人生を好転させる唯一に方法であり、それこそが自分の人生のジャイアントキリングを起こす唯一の方法なんだ。

やるぞ、みんなで最高の舞台を作るぞ!さあ、自分との戦いを始めるぞ!

◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結んだが開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退し、格闘家転向を表明。21年4月にアマチュア格闘技イベント「EXECUTIVE FIGHT 武士道」で格闘家デビュー。プロとしては22年2月16日にRISEでデビューを果たした。175センチ、74キロ。

(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「元年俸120円Jリーガー安彦考真のリアルアンサー」)

安彦考真(右)
安彦考真(右)