まだ駆け出しの若手社員が、大企業の社長から直々に「金言」を、ちょうだいしたようなものだ。大相撲九州場所(11月13日初日、福岡国際センター)での新十両昇進を決めた立浪部屋の明生(めいせい、21)には、心に刻まれた横綱からの言葉があった。

 「チャンスは誰にでもある。ただ何回もやって来るものじゃない。次に、いつ来るかも分からない。来たチャンスを自分でつかみなさい」。叱咤(しった)激励してくれたのは、横綱日馬富士(32=伊勢ケ浜)だった。

 今年6月、大阪・堺市内で行われていた伊勢ケ浜部屋の合宿に、明生は参加していた。武者修行の出稽古は、それまでも何回か行ったことがある。そのたびに横綱は目をかけ「今場所は何枚目だ」と声をかけてくれた。特別、素質があるわけでもない。初土俵から5年以上もたっている。そんな自分に、思いもしない頂点に立つ横綱が声をかけてくれた。

 6月にもらった前述の言葉を骨身に染みこませ、直後の名古屋場所、翌秋場所と、いずれも4勝3敗で勝ち越し。念願の関取の座をつかんだ。明生には、貴重な言葉を投げてくれるさまざまな人がいて、許容する自分もいた。

 腰のヘルニアで引退が頭がよぎり、そのことを伝えた父昌也さんからは「そんなもんか。好きにしろ! やめたら家には戻ってくるなよ!」。また、心が折れそうになった時は「気持ちが弱いんだ!」と叱責(しっせき)してくれるという。

 明生の初土俵は、11年5月の技量審査場所。番付上、その場所を最後に引退した関取の猛虎浪からも学んだことがある。「あの人の口癖は『我慢』でした。稽古も我慢できる人が強くなる。我慢すれば見えてくるものもありました」。

 8月には、一門の総帥の貴乃花巡業部長(元横綱)の付け人として初めて、巡業に参加。「何か言葉はかけられたか」の問いに「あまり言いたくはないんですが…」と心にしまっておきたい具体的な言葉があるようだが、要約すれば「攻める気持ちです。それを頭にずっと入れてました。悪い相撲を取った時、次はどんな相撲を取ればいいのかと考えた時、貴乃花親方の言葉を思い出しました」と言う。

 自分に投げかけられた言葉を、そのまま素直に受け入れ、実践に移せるか。ある意味、その人間の資質ともいえよう。言葉に、敏感になれるか-。そんなことには鈍感になりがちな、五十も半ばの身には少々、耳に痛い話ではあるが。【渡辺佳彦】