ステージ4の食道がん(扁平=へんぺい=上皮がん)で闘病していたプロレスラーで文京区議会議員の西村修さんが28日午前に都内の病院で死去した。53歳だった。

西村さんは高校卒業後の1990年4月に新日本プロレスに入門。翌91年4月の飯塚孝之戦でデビューした。06年には新日本を退団し、藤波辰爾の「無我ワールドプロレスリング」の旗揚げに参加。しかし翌07年10月に征矢学を連れて無我を退団し、全日本プロレスに入団した。ここから藤波との確執が生まれた。

10年に政治家に転身するため全日本を退団。翌11年8月、フリーとして全日本のリングに上がり、レスラー復帰。以降は議会とスケジュールを調整しながら団体問わずスポット参戦するとした。

西村さんは昨年8月には「テリー・ファンク一周忌追悼・大仁田厚デビュー50周年記念大会~川崎伝説2024」に参戦。ドリー・ファンクJr.とタッグを組み、がん闘病中にもかかわらず、大仁田厚&雷神矢口との「ダブルヘル電流爆破タッグデスマッチ」に臨み、スピニング・トーホールドで矢口からタップを奪った。

また今年1月には、もともと出場する予定だった「ジャイアント馬場没25年追善~太陽ケア引退~木原文人リングアナデビュー35周年記念大会」を体調不良で欠場。代わりに、一時期確執のあった藤波辰爾が代役で出場した。藤波は試合後「まだ若い彼がね、またリングに上がってこられるように、その祈りを込めて(リングに)上がりました。彼との間には誰にも入ってこられない、そういう中でね。まだ若いんだし、頑張ってリングに上がってこい! それだけです」と西村さんへ熱いエールを送った。藤波の願いはかなわなかったが、西村さんは最後にかつての師匠と再び心を通い合わせることができ、天国でも喜んでいるはずだ。