角界で初めて背筋が凍る思いをしたのは稀勢の里の取材時だった。担当になった直後の12年秋場所の朝稽古後。初日から8連勝の弟弟子高安について聞いた時だった。「そんなの高安に聞けばいいでしょ!」。語気を強めたそのひと言で取材は終了。充満した気まずい空気に記者の顔が引きつったことを覚えている。

 場所中は口数が少なく、緊張感が漂う半面、巡業中はいつも気さくに対応してくれる。強豪校から誘われた元野球少年らしく、秋巡業では毎年、ドラフトが話題に。「○○大の○○はすごい」と、評論家並みに口も滑らかになる。日本ハム大谷が日本最速165キロをマークした昨秋も盛り上がった。「努力とか、そういう次元じゃないでしょ。教育に悪いでしょ」。大谷を目指す少年の立場にもなって目を細めた。続けて「野球をやってなくて良かったと思うよ」とも。

 中学時代はエースで4番。もしかすると大谷より先に二刀流に成功していたかもしれないが、大相撲を選んだ道に間違いはなかった。腰高の不安は残るが、左おっつけは天下無双。今度は、自身が「教育上、良くない」といわれるような異次元の横綱になる番だ。【12年~、大相撲担当・木村有三】(おわり)