大相撲中継で人気の藤井康生アナウンサー(65)が1月31日付でNHKを退局し、2月1日からフリーになった。インタビューの最終回は、藤井アナの思い出の取組や今後について聞いた。【取材・構成=佐々木一郎】

藤井アナインタビュー1 北の富士勝昭氏から話を聞き出すコツは?

藤井アナインタビュー2 大相撲実況論とラジオでこだわった表現とは

-藤井さんにとって思い出の一番は

たくさんあるんですよ。まず若いころからいくと、寺尾が小結で貴乃花(当時は貴花田)が初日から10連勝して迎えた11日目(1991年春場所)。寺尾にとっては、上がって来たばっかりの18歳に負けるわけにはいかんと、激しい突っ張り合いになりました。結局は貴乃花が勝ってしまうんですけれど、寺尾が花道を下がるときに背中が本当に悔しそうで、そのうちさがりをたたきつける。持ってたタオルをたたきつける。あのシーンは相撲よりも、寺尾の悔しさが忘れることはできません。のちに寺尾さんにそういう話をすると「あれは恥ずかしい話でね。あれは本当にしちゃいけない。NHKのカメラが撮っていたばっかりに見えてしまったけど、本当に恥ずかしい話だ」って言っていました。

あとは貴乃花-武蔵丸戦。平成13年5月、貴乃花は前の日に武双山戦でケガをして、もう絶対に休場だと思ったら出てきました。北の富士さんと千秋楽の放送をご一緒していて、北の富士さんも「もう貴乃花やめた方がいいよ。相手もこんなの取りにくいんだからやめた方がいいよ」って言うんですけど、こっちももう見たくないですねという話をするわけです。そういう話をしているうちに、制限時間いっぱいになって、もう立ち合い武蔵丸が右に動いて突き落としで終わってしまうんです。それで優勝決定戦になるのですけど、再度その瞬間にも北の富士さんが確か「もうやめようよ」と言ったんです。で、優勝決定戦(貴乃花が勝ち、最後の優勝を飾った)になって、あの相撲は、貴乃花が勝ったというよりも、放送としてもうやめようよと思った。これはもう忘れられない。

その相撲があり、翌年の秋場所で、武蔵丸が勝った。武蔵丸は本当につらかったろうと。1年以上(貴乃花の復帰を)待ったわけですから、武蔵丸にとってはどうしても負けられない相撲でした。

最近では平成20年1月、白鵬と朝青龍の対決で千秋楽で勝った方が優勝。とにかく引きつけ合いのものすごい取組で、両者の足がズズズズッっと動いてく。足の線が入っていくんですよね。あんな相撲はもう最近では見ることがなくなりました。最近の名勝負として忘れられない相撲ですね。

-NHKでの大相撲実況はもっとやりたかったですか

1つ思い残すことがあるとすれば、このコロナ禍ではない、客席のいたるところから力士への声援があり、しこ名が2階席から降ってきたり、にぎやかな中で、いよいよ制限時間いっぱいになったらシーンとなっていくような、勝負がついた後にブワァーっとまた盛り上がる、あの雰囲気の中で千秋楽の放送をしてみたかったところはありますね。でも放送自体についてはもう1回やってみたいとか、またあの放送席に座りたいとか、それはそうでもないです。

-今後、藤井さんは大相撲とはどのようにかかわっていきますか

NHKで相撲放送をすることはもう100%ないですから、一番の夢はやっぱりマス席で、一杯やりながら、焼き鳥食べながら、相撲をのんびりみたいというのは夢ですよね。これは、コロナさえ収まれば、すぐ実現するでしょう。コロナさえおさまれば。

-今後の仕事はどうされますか

本人も先が正直見えていないんですよ。こういう仕事があるんだけどという話をお持ちの方は、ぜひ連絡いただければ。就職活動しながら、これからはどうしようか考えていますし、話はほんの少しはいただいていますが、自分自身の方向性がまだ見えていません。ただそうは言いながらも、早めに決めようと思っています。言葉を使った仕事以外を急に始めるというのはこの年齢では不可能に近いでしょうから、やはりアナウンスメントということを中心に仕事を続けていくんだと思います。

大相撲と関わっていたいという気持ちは当然あります。あるいはあまり得意ではないSNS関係の仕事、YouTubeなどは全くうとい人間で、そういうところにも踏み込んでチャレンジしてみようかと。

-藤井さんならYouTubeでもすぐ人気になりますよ

チャンネル持ちたいんですよね。どのくらいの人がそこへアクセスしてくださってくれるか分からないですけど。

-藤井さんが最後の実況をしたというニュースはネットでも話題になりました。

知人や同級生、仲間とかから、こんなに出てるぞと言われて驚きました。みんなが気にしてくださったんだと思って感激しました。長いことやってきてよかったなと思いましたね。それと同時にツイッターや、そういうものをもっと詳しくやれればいいなと、その時思いましたね。自分のそういうチャンネルでやったり、何か仲間になってくれる人がいたら、呼び寄せることができればなという思いはありますね。(おわり)

◆藤井康生(ふじい・やすお)1957年(昭32)1月7日、岡山県生まれ。中大法学部卒業後の1979年4月にNHK入局。大相撲は1984年名古屋場所から担当し、横綱貴乃花の最後の優勝を決めた一番などを実況した。競馬、水泳、大リーグなども担当し、中継担当した競技は30種。60歳定年後の再雇用期間を終えて、2022年1月31日にNHKを退局した。