1969年夏に開催されたウッドストック・フェスティバルは40万人を超す入場者を集めた奇跡のロック・フェスであり、ジミ・ヘンドリックスが演奏した「星条旗」は後々まで語り草となった。一方で、同時期に130キロ離れたニューヨーク・ハーレムで行われたもう1つのフェスについてはまったく知られていない。

「サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)」(8月27日公開)は、半世紀間眠っていた秘蔵映像で、この奇跡の6日間をよみがえらせたドキュメンタリーだ。

キング牧師の暗殺一周忌に企画されたこのフェスには、若き日のスティーヴィー・ワンダーを始め、B・B・キング、ニーナ・シモンらが集い、文字通り「ブラック・ウッドストック」の様相だ。

序盤からスティーヴィー・ワンダーが圧倒的なドラミングを披露し、あっという間に引き込まれる。こんなスティーヴィーは見たことがない。映像の状態も驚くほど良く、会場のマウント・モリス公演に詰め掛けた延べ30万人の聴衆は「ハレの日」の一張羅がとってもポップで、笑顔も弾けている。

ブラック・ミュージック総ざらいのような陣容で、中盤のゴスペルが特に印象的だ。大御所マヘリア・ジャクソンが伸び盛りのメイヴィス・ステイプルズの手を借りながらキング牧師お気に入りの「プレシャス・ロード」を歌う。遠い世界の遠い昔の事なのに、心を揺さぶり、涙腺を緩める熱がそこにはある。

ウッドストックとの唯一の掛け持ち組であるスライ&ザ・ファミリー・ストーンの登場に、微妙な感じになる会場も面白い。黒人のバンドで白人がドラムをたたいている! ノリノリの若者とかなり引いている年配者の温度差をカメラは容赦なく映し出す。

歴史的な映像を現代によみがえらせたのは、監督・製作総指揮のアミール”クエストラブ”トンプソン。世界的ドラマーでありながら、DJ、プロデューサーとしてヒップ・ホップ界のカリスマである。彼がいかにブラック・ミュージックの歴史に通じているかが、約2時間にぎゅっと詰め込んだ見事な編集作業から実感できる。

スティーヴィーが登場した7月20日はくしくもアポロ11号の月面着陸の日でもあった。会場の熱気をよそに、「米国内の社会的関心」がどこを向いていたかは想像に難くない。

編集作業中にこの巡り合わせを知ったクエストラブは「黒人はいつでも米国文化の創造力の源でした。しかし、こうした努力はいつも忘れられてきたのです。黒人文化の抹消が絶対に再び起きないようしたいのです。この映画はその目的に向けて働き掛ける良い契機となりました」と心中を明かしている。

映画には過去のニュース映像も差し込まれる。キング牧師の暗殺を機に起きたニューヨークの騒乱も。「50年経っても不安・抗議・殺人・発砲・不公平…いったい何が変わりましたか? 答はNOです」とクエストラブは怒りを隠さない。皮肉なことかもしれないが、半世紀を経てこの作品が公開される意義もそこにある。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)

メイヴィス・ステイプルズ(左)とマヘリア・ジャクソン (C)2021 20th Century Studios. All rights reserved.
メイヴィス・ステイプルズ(左)とマヘリア・ジャクソン (C)2021 20th Century Studios. All rights reserved.