ジェーン・バーキンさんの訃報が届いたのは7月16日だ。その3週間後にこの作品が公開されるとは、何というタイミングだろう。

「ジェーンとシャルロット」は、女優、歌手として幅広く活動するシャルロット・ゲンズブールが、自らインタビュアーを務めながら母ジェーンの素顔を追ったドキュメンタリーだ。シャルロットにとっては、これが監督デビュー作となった。

映画は18年の日本からスタートする。ジェーンの日本公演にシャルロットが同行。小津安二郎監督作品にも出てくる「茅ケ崎館」でインタビューが行われる。

実はこの前年、やはり公演で来日した母ジェーンにインタビューする機会があった。半世紀に及ぶ親日家ぶりを聞いていたので、娘が選んだいかにも和テイストのオープニングがしっくりくる。が、母娘間には明らかな緊張感がある。作品資料によると、母はこの時の心境を「シャルロットはたくさんの質問が書いてあるノートを持っていました。私への恨みも箇条書きされている。怖くなりました」と明かしている。

2人の距離感には理由がある。母には生涯を通じて3人のパートナーがいた。英作曲家ジョン・バリー、仏作曲家、歌手、監督のセルジュ・ゲンズブール、仏監督ジャック・ドワイヨン。そして、それぞれとの間に1子ずつをもうけている。写真家のケイト、シャルロット、女優のルーである。

「父親1人に子ども1人。もし、セルジュとの間にもう1人子どもをもうけたら、(同居していた)ケイトが孤立してしまったでしょ。不公平にならないようにしたの」

そんなシチュエーションに立たされる人は希だろうが、淡々とした母の告白には妙に説得力がある。

少女時代を母と一緒に過ごす時間が多かったケイトやルーに比べ、幼くして女優活動を始めたシャルロットとは、父セルジュとのパートナー解消のタイミングもあって、母とは疎遠だった。映画の中でも娘は「疎まれているのではないかという『真ん中の子コンプレックッス』があった」と明かしている。

実は17年に母をインタビューした時にもシャルロットが同行していて、距離を詰めたいという切実な思いを感じた。映画の終盤で「年を取っていく母を、その病気(がん)を考えると怖くてしかたがない」と明かす心中が何ともせつない。

娘が暮らすニューヨーク、母が住むブルターニュの家、かつて父母娘で暮らしたパリの家…ゆかりの場所を巡りながら、母は時に考え込み、時に娘の心中をおもんぱかり、しだいに深いところで心を通わす様子が微妙な表情の変化から伝わってくる。

2人の間に最後まで影を落とすのがの長女ケイトの転落死(13年)だ。46歳の若さ。母は17年のインタビューでも思いを明かしていた。

「人生で一番のショックでした。震災後の海岸で『孫を(津波に)さらわれた』と遠くを見ていた女性の姿を思い出しました」

その2年前、東日本大震災の支援にいち早く駆けつけた彼女は自身の「心の空洞」を、その時目の当たりにした光景に重ねたのだ。長女の死後1年間は引きこもり生活だったとも。

シャルロットは映画の中に姉ケイトが映るホームビデオを挿入している。投影スクリーンの前に立つ母のほおにその一部がかぶったり、ちょっとトリッキーな使い方が、その複雑な思いを反映するようだ。

そして、思い出のブルターニュの海岸で撮ったラストシーン。

母は「驚いたわ。これは想像していなかった」と感想を漏らすが、これほどシンプルな母娘の描写にこんなに心を揺さぶられるとは思わなかった。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)