天才少年。映画やドラマの設定でもたびたび見かける。Netflix(ネットフリックス)で配信中の「スタートアップ:夢の扉」では主人公が幼いころに数学オリンピックで優勝。その後、親からの支援を受けて友達と起業したところから物語は始まる。現実社会では、サッカーの久保建英選手だろうか。10歳でスペインの名門バルセロナの下部組織に入団。その後、Jリーグに戻ったのち、同じくスペインのレアル・マドリードと契約。レンタル移籍が続くが、数々の最年少記録を達成していてその未来は明るい。

少し自身の話も。小学生時代、仲が良かった3人組だが、3者面談か何かで担任の先生から「他の2人は特別だけど、谷くんはそうでもない」と話されたという。もちろんもう少し表現は柔らかかったとは思うが、両親は当時ショックを受けていた。実際、他の2人は国立の大学にすんなりと入り、今では大学の教授や研究者などで社会に大いに貢献している。悔しいが先生の目は正しかったといえる。さて、先生を見返す日がいつかくるのであろうか(笑い)

先日、オンライン試写で一足先に観させてもらった「HOKUSAI」。物語は天才絵師、葛飾北斎の生涯を描いた意欲作である。監督は私がパーソナリティーを務めているラジオ番組のゲストにも来てもらった橋本一監督。「相棒」や「探偵はBARにいる」など数々のヒット作を手掛け、男を撮らせたらピカイチの監督だと思う。

青年期の北斎を柳楽優弥、老年期を田中泯が演じ、他にも玉木宏や青木崇高、永山瑛太に阿部寛と豪華キャストがこれでもかとそろう。そして、天才絵師と言われている北斎だが代表作となる『冨嶽三十六景(ふがくさんじゅうろっけい)』を描いたのが60歳。それから88歳まで数々の名作を残す。

しかし、映画ではブレイクした老年期ではなく、もがき苦しむ若い時の話を中心に取り上げる。腕はいいが、食うことすらままならない生活を送っている北斎が、版元(今でいうプロデューサー)やライバルたちと切磋琢磨(せっさたくま)しながら「描くことの本質」を捉えていくことが大きなテーマである。そしてライバルの1人、東洲斎写楽(浦上晟周)との掛け合いのシーンがいい。期待の若手絵師、北斎と彗星(すいせい)のごとく現れた天才絵師、写楽、本物に出会った時に受ける衝撃、経験のある人もいるのではないかと思う。

さて今回取り上げるのは、若き日の北斎を演じる柳楽優弥。初めてオーディションを受けた映画「誰も知らない」で、カンヌ国際映画祭の男優賞を受賞。14歳にして世界最高峰の映画祭で賞を獲得し、一躍時の人に。天才少年の誕生である。そこから順調に俳優活動を行うが、10代後半には体調を崩し仕事をセーブ、そして大量の安定剤を服用したりと順風満帆な俳優人生とはいえない時期を過ごす。

さらに20歳のころには一度俳優の仕事を離れて車のディーラーや飲食店でアルバイトをしていたという。そこから2012年の舞台「海辺のカフカ」を機に復活していくのだが、特に印象深いのは渡辺謙と共演した「許されざる者」と主演を務めた「ディストラクション・ベイビーズ」。そこには、カンヌで熱狂された繊細な天才少年の面影はなく、全身全霊で与えられた役を演じきる俳優がいた。

そして「HOKUSAI」ではそれがさらにパワーアップしているように見える。演じることの本質を求めたであろう男と、描くことの本質を捉えていく姿がどこかシンクロして、そこには“天才”と一言では片づけられない何かがあると思った。そして、誰も知らない少年が、誰もが知っている俳優へとなっていく。

◆谷健二(たに・けんじ)1976年(昭51)、京都府出身。大学でデザインを専攻後、映画の世界を夢見て上京。多数の自主映画に携わる。その後、広告代理店に勤め、約9年間自動車会社のウェブマーケティングを担当。14年に映画『リュウセイ』の監督を機にフリーとなる。映画以外にもCMやドラマ、舞台演出に映画本の出版など多岐にわたって活動中。また、カレー好きが高じて青山でカレー&バーも経営。今夏には最新作「元メンに呼び出されたら、そこは異次元空間だった」が公開予定。

(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画監督・谷健二の俳優研究所」)