長渕剛(58)が、8月22日夜から静岡県富士宮市の富士山麓で開催する「10万人オールナイト・ライヴ2015 in 富士山麓」。この一大イベントに向け、さまざまな角度、証言から連載する。

 会場となる「ふもとっぱらキャンプ場」は富士山の西側、静岡・富士宮市の朝霧高原、標高830メートルに位置する。入場門を右手に折れると、なだらかに下っていく牧草地が広がる。約35万平方メートル、東京ドーム6個分の広さで、その突き当たりに長い尾根を広げた富士山がそびえる。

 長渕剛(58)が初めて訪れたのは13年10月。最初は反対に位置する自衛隊の東富士演習場から視察した。当時の模様を今年元日、本紙に掲載した王貞治との対談で明かしている。

 長渕 東は天候もひどいし、背中に砲弾を撃ち込まれて痛いと言っているようでした。西は天候もよく、「いらっしゃい」と母が言っているように、にこやかに迎えてくれました。ここに立つしかないかなと。

 一目でほれこんだが、難問は多かった。長渕を後押しした作詞家・湯川れい子から紹介を受けたキョードー東京社長・山崎芳人が、計画当初を振り返る。プロモーター人生43年、米軍キャンプ回りからスタートして海外のビッグアーティストを何度も招いてきたレジェンドも、10万人規模のソロによるオールナイト野外公演は初体験だった。

 山崎 ここでやるんだと思ったら、体の芯が震えました。でも、現実に目をやると、別の震えを覚えました。まずは、交通の便。駅から歩ける距離ではないですから、バスしかない。いったい何台必要なんだって。スピーカーもただ音が良ければいいということではありません。設置場所と方向に細心の注意が必要です。周囲に畜産農家の方が多くいらっしゃいますので、今もなお、その方々と話し合いをしています。

 ほかにも、約9時間の公演に耐えうる、ステージ設営に、ビル1件建てるくらいの基礎が必要だった。難問は数え切れなかったが、13年末に「やりましょう」と握手した。同社50周年事業の第1弾となるポール・マッカートニーの11年ぶり日本公演成功直後で、2カ月後にもローリング・ストーンズの公演が控えていた。長渕がその集大成になろうとしている。

 山崎 ちょうど、ポール、ストーンズでこちらの気持ちも熱くなっている時でしたからね。それに、新しいことに、それも命がけで挑もうというアーティストがいたら、それはわれわれプロモーターもやりましょうってことになります。

 昨年8月22日、スタッフ約30人とともに、ふもとっぱらで一夜を過ごした。公演開始の午後9時の気候や、夜明けの空気を体験するためにも、同じ日を選んだ。一夜限りのために、1年以上を費やしている。

 山崎 富士山の向こう側から日が昇る時の景色と、自分の間の空気感を想像すると、つらいことがあってもワクワクしてくる。その一瞬のためですね。

 理屈を超えた信念やロマンが人々を動かす。(敬称略)【特別取材班】

 ◆山崎芳人(やまざき・よしと)1948年(昭23)、長野県生まれ。71年、武蔵野美大卒。在学中から勤務していたキョードー東京に入社。ポール・マッカートニー、クラシックの「ボストン・ポップス」公演などを成功させる。「シカゴ」「キャバレー」などブロードウェーミュージカルを国内上演するビジネスの先駆者。00年に同社社長。