古関裕而氏が関わった作品の中で、日本中の老若男女が耳なじんでいる曲は「別れのワルツ」でしょう。誰もがどこかで1度は聴いています。お店が閉店する際に流れる、あのメロディーです。「蛍の光」と思っている人もいると思いますが、「別れのワルツ」なんです。【笹森文彦】

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百貨店などで「本日の営業はこれを持ちまして終了させていただきます…」のアナウンスとともに流れるメロディー。古関氏が編曲した「別れのワルツ」である。「蛍の光」と原曲は同じなのだが、「蛍の光」は4拍子で「別れのワルツ」は当然3拍子。違うメロディーなのである。

原曲はスコットランドの民謡「オールド・ラング・サイン(Auld Lang Syne)」。「過ぎ去りし懐かしき昔」などと訳される。旧友と再会し、昔をしのびながら杯を交わす歌詞である。

日本では唱歌「蛍の光」として、1881年(明14)に尋常小学校の音楽教科書に掲載された。唱歌にも西洋音楽を積極的に採用した時代だった。原曲が大人の歌詞だったことから、学窓からの旅立ち、惜別の歌詞に替えられた。4拍子の日本的な曲調で、今も愛唱される名曲である。

「別れのワルツ」は、40年公開のハリウッド映画「哀愁」に由来する。ビビアン・リーとロバート・テイラーの主演で、第1次世界大戦下の将校と踊り子の出会いと悲劇を描いた。ナイトクラブでのダンスシーンで流れたのが「オールド・ラング・サイン」を3拍子にした「フェアウエル・ワルツ」。歌詞のないインストゥルメンタルである。

日本では49年に公開されヒットした。レコードのヒットも確信した日本コロムビアは、専属作曲家の古関氏に採譜と編曲を依頼。邦題を「別れのワルツ」として発売した。洋楽と思わせるために、演奏を「ユージン・コスマン楽団」と表記した。「ユウジ・コセキ」をもじったものだった。

映画で、司会者が「本日最後のダンスとなります。お楽しみください」と告げる。曲が進むにつれ、演奏者がキャンドルの火を1つ1つ消していく。このシーンが閉店をイメージさせたとも言われるが、定かではない。いまやこのメロディーが流れると、誰もが条件反射のように店を出る。魔法のような曲である。

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映画「哀愁」の原題は「Waterloo Bridge(ウオータールー橋)」。将校と踊り子が空襲警報の中、この橋で出会うところから物語は始まる。劇作家・菊田一夫氏と音楽・古関氏のコンビで、52年から大ヒットしたNHKラジオドラマ「君の名は」も、東京大空襲の最中に銀座・数寄屋橋で男女が出会うところから始まる。この2作品に古関氏が関わったのも奇遇である。29日の第6回はその「君の名は」を紹介する。