10月は国立劇場で歌舞伎公演が再開された。同劇場では今年1月以来の歌舞伎公演で、待ってましたという思いが観客の熱心な目線に反映されている。

2部制で、それぞれ2演目ずつの構成。

尾上菊五郎(78)は第2部「魚屋宗五郎」で、当たり役の宗五郎を演じている。妹を殺された悔しさで断っていた酒を飲み、家族を巻き込みながら乱れていく場面が見どころ。宗五郎の心の底にある悲しさを考えると、おかしくも悲しい場面だ。菊五郎にとっては今年2月以来の舞台で、公演前は「身震いするような喜び」と話している。大きくて繊細な芸が見られる。

孫の丑之助(6)も出演し、元気いっぱいに酒屋丁稚与吉を演じている。大きな声ではっきりとせりふを言うたび、客席がほっこりするのがいい。

第1部の松本幸四郎(47)による新作歌舞伎「幸希芝居遊(さちねがうしばいごっこ)」では、幸四郎の芸達者ぶりを感じる。芝居興行が停止された中、役者が芝居小屋に忍びこみ芝居ごっこを行うという舞踊劇。世相を反映し、「芝居がしたい」というせりふに実感を込める。

歌舞伎の名場面や登場人物が次々に登場し、幸四郎は約45分間で20役を演じる。新型コロナウイルス感染拡大防止のため上演時間に限りがあることを逆手に取って作られた。オンラインの歌舞伎やトークを手掛けるなど、コロナ禍でも精力的に企画を考え、実現してきた。多忙な中、多くの人が楽しめる新作を手掛けたことは、本当にすごいなと思った。

第1部は中村梅玉、幸四郎らが、第2部は菊五郎、尾上松緑らが出演している。どの演目でも役者たちが、芝居ができる喜びを体現している。【小林千穂】