俳優をはじめタレントにとって、キャラクターやイメージは大事な商売道具だ。それがニックネームや枕ことばにまでなれば、そこから新たな仕事が生まれることも少なくないだろう。芸能イベントが、起用するタレントのイメージを意識したものになるケースはままあるし、芸能メディアも、そうしたタレントのイメージを元に報じ、それが新聞の紙面やウェブで見出しになるケースも少なくない。

一方でニックネーム、イメージがあることで、タレントの、もう1つの顔や本質的な部分が、例え見えてはいても見過ごされたり、見えにくくなってしまっているケースも少なからずあるだろう。インタビューする中で、そうした部分が垣間見えると、その場で問いかけ、確認し、原稿に書くことで紹介することは、ままある。

映画の舞台あいさつで、親交が深い俳優や監督との間で交わされるトークの中で、パブリックイメージとは違う俳優の一面、素顔が見えることもある。16日に都内で行われた映画「雨に叫べば」プレミア上映会で、内田英治監督(50)は主演の松本まりか(37)について、世間一般で言われる“あざとかわいい”というイメージとは逆だと語った。

内田監督と松本は縁が深い。内田監督は04年の長編デビュー作「ガチャポン」で松本を起用し、同作は松本の映画初出演作となった。それから16年の時を経て、5月にWOWOWで放送されたドラマ「向こうの果て」と「雨に叫べば」で、同監督は松本を主演で起用した。脇役での起用が多く、地道にキャリアを積み重ねてきた松本にとって「向こうの果て」は連続ドラマ初主演作だった。松本が「18歳の時の映画デビューが、内田さんの作品。内田さんも長編デビュー作。それから、チョコチョコ2、3回」と言えば、内田監督も「8年に1回、仕事してます」と笑みを交わしつつ、互いの関係性を紹介し合った。

18年のテレビ朝日系ドラマ「ホリデイラブ」で、主人公の夫を誘惑する人妻を好演し“あざとかわいい”と評されブレークした松本だが、内田監督は「テレビで見てたら“あざとかわいい”というのが出てたんで…逆だなと」と口にした。その上で「むしろ男の子っぽい感じ。18、19歳頃から知ってますけど、あざといとは、逆な気が、とにかくします」と語った。

松本が「雨に叫べば」で演じた林花子は、1988年(昭63)の、とあるスタジオでの撮影現場で初の監督作の撮影に臨む、女性監督という役どころだ。エロ映画を美人の新人監督が撮影するという、話題先行で起用された面は否めず、カットを連発しながらも経験のなさもあり明確な理由も示す事が出来ず、ベテランのカメラマンや照明、音声の技師に嫌な顔をされる。

この役は、内田監督が若き日の自らの経験を投影した役どころだという。松本は「私の役は、昔の内田さんを投影されていて…カットと言って『もう1回』と言うと(スタッフは)ウンザリした顔をしてから、動かれる。(そうした監督の立場を)私も知らず、監督の目を(ウンザリした目で)見てたなと。監督って、すごく大変だけど、面白い立場だと思った」と感慨深げに語った。

内田監督は、松本は“あざとかわいい”というフレーズ、パブリックイメージとは逆だとした上で「10代から芝居を、ちゃんと考えていた女優さんというイメージですね。こういう時しか、褒める時がないんで」と語った。その言葉を聞いていた松本も「監督は本当に褒めてくれないし、何も言ってくれない。だから、すごくうれしいですし。初主演で役を与えてくれたことも、うれしい。『向こうの果て』の撮影中に『続きで』と言って作品に呼んでくれるのは、とてもうれしいこと」と口にした。顔に広がった笑みを見ていて、本当にうれしいんだなと思った。

内田監督は、恐らく若き日の自らを投影した役を、たたき上げで30代になってブレークした松本に演じて欲しかったのではないか…。というのも、20年に監督、脚本を務めた「ミッドナイトスワン」で日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞して一躍、スポットライトを浴びた内田監督も、日本映画界のメインストリートを歩んできたとは言えない、苦労人だからだ。

内田監督は「週刊プレイボーイ」(集英社)編集部で記者を11年務める中で書いた脚本が採用され、99年のTBS系「教習所物語」で脚本家デビュー。「ガチャポン」で長編映画初監督を務めた。ただ、その後、企画、プロデュース主導の流れで映画を撮っていた中で、脚本から書き100%、自分の作りたい作品を作家として追求できていないことに疑問を覚えた。

その後は、自身の作家性を追求するため、製作規模は小さいものの作りたいものを作ることが出来る、インディーズ映画の世界でコツコツと自身の作家性を磨き続けてきた。14年の「グレイトフルデッド」が海外の映画祭で評価され、次第に国内外でその存在と作家性が認められ、19年にNetflix「全裸監督」、テレビ東京系連続ドラマ「Iターン」で、それぞれ監督と脚本を担当し、一般にも知られる監督となった。

そんな苦労人2人がタッグを組んだ「雨に叫べば」は、Amazonプライムビデオ独占で有料オンライン公開されている。“あざとかわいくない”松本まりかの表情、演技と、その本質を知り、引き出した内田監督の演出を、ぜひ感じて欲しい。【村上幸将】