「ボヘミアン」などのヒット曲で知られる歌手葛城ユキ(かつらぎ・ゆき)さん(本名田中小夜子=たなか・さよこ)が27日午後2時16分、腹膜がんのために都内の病院で亡くなった。73歳。岡山県出身。葬儀は近親者で行う。昨年4月に腹膜がんのステージ4だと公表していた。

関係者によると、最後のステージは今月17日に千葉の千葉市民会館と柏市民文化会館で行った「夢スター歌謡祭夢スター 春・秋」の2公演。とても歌唱できるような体調ではなかったが「ローズ」を思いを込めて力いっぱい歌唱したという。「ボヘミアン」のメロディーも会場に流し、客席からは大きな拍手が沸き起こった。関係者は「本人の希望で1曲だけ歌いました。最後のステージになると本人も分かっていた」と明かした。この1カ月前の5月17日にも千葉県の「夢コンサート」で歌唱。病気を公表した昨年4月以来、約1年ぶりのステージで「1歩ずつ本来の姿に歩み寄っていきたい」と歌唱への強い気持ちを語っていた。

3日くらい前からは、これまでお世話になった人たちに感謝の言葉を伝える電話をしていたという。この日午前、自宅に救急車を呼んで病院へ向かい、そのまま帰らぬ人となった。最期は関係者や姉が見守ったという。

高校時代、バレーボール選手として活躍。実業団に進んだが音楽の道をあきらめきれずに退団した。74年にポプコンと世界歌謡祭で入賞して注目され、同年「木曽は山の中」でメジャーデビュー。83年には独特のハスキーボイスで歌唱する「ボヘミアン」が大ヒットした。86年には日本人女性ロック歌手として初の中国公演を成功させ3日間で3万人動員。96年、松竹映画「必殺~主水死す~」のエンディング曲「哀しみは花びらにのせて」を歌った。03年にはテレビ番組の収録で胸椎を骨折し2カ月入院する重傷を負ったこともある。

「私は歌うために生まれてきた」が口癖。最期まで歌を愛し、歌に愛された73年の生涯だった。

◆葛城(かつらぎ)ユキ 本名田中小夜子。1949年(昭24)5月25日、岡山県生まれ。高校卒業後、倉紡倉敷に入りバレーボール選手を目指すが、音楽の道をあきらめきれずに退団をして上京。74年にポプコンで最優秀曲、同年に世界歌謡祭で審査員特別賞を受賞し、「木曽は山の中」でメジャーデビュー。「ボヘミアン」「ヒーロー」「哀しみのオーシャン」などヒット曲多数。血液型A。