名物ディレクター誕生の予感だ。10月スタートのTBS系深夜バラエティー「不夜城はなぜ回る」(月曜深夜11時56分)の企画、立案者で番組にも出演する大前プジョルジョ健太ディレクター(27)。深夜にこうこうと光る真夜中に明かりがついている建物(不夜城)に突入し、何が行われているのかを体当たり調査する番組。22年3月から3度の特番を経て、今秋レギュラー化した。大人な世界をにおわせるタイトルをいい意味で裏切り続けるヒューマンドラマに毎度心が温まる。
入社5年目の気鋭のディレクターがこのほど、取材に応じ、番組の魅力、テレビマンとしての思いを語った。【佐藤成】(全3回の2回目)
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テレビ離れが進む現代で、そもそもなぜテレビマンになったのか。「テレビ局に入った理由が、当時好きだった女の子がアナウンサーになるっていったから、テレビの世界を目指そうかな、ぐらいだったんですよ。だからこんなことになるとは思わなかったです」とあっけらかんと明かした。
大学1年の夏、男友だちと2人で花火大会に行くと、女性2人組の1人が男友だちの知り合いだったという。そこに居合わせたもう1人の女性に一目ぼれした。「アナウンサーになりたいっていうのを聞いて、映像っていうものに興味を持ち始めて、(大学2年の時に)映像のゼミに入ったんですよ。それまでは、海外とかのジャーナリストになりたい気持ちはありましたけど、テレビという媒体ではなかったですね。映像を作っている途中から楽しくて、好きな人は関係なくのめり込んでいましたけど」。
その女性との恋は成就しなかったという。「ずっと追い続けてずっと逃げられました。1つ(歳)上でしたね」と笑った。その女性は、地方局でアナウンサーになったという。「不夜城はなぜ回る」で全国区のディレクターとなったが、「連絡しても返信がないですね…」。
その後、「真面目な話もあります」と提案してきた。聞くと「まじめなバージョンだと、寄席ってあるじゃないですか。出張して寄席みたいなことを学生時代にやっていたんですよ。お金をもらって、地方のお祭りとかに行って、出張して寄席を行うっていう。例えば落語であったり、歌であったり、ダンスであったり。パフォーマンスをしつつ、そこの御みこしを担いだり。新しいお祭りの形を見いだす、みたいなことをしていて」と語り始めた。
その一環で、東日本大震災の被災地・東北を巡ったことがあったという。「そこで仮設住宅ってこんなにも壁が薄いけど、心の距離が遠いんだって気づいたんですよ。横の生活音も聞こえるけど、暗い気持ちになっていて、会話が生まれていなかった。唯一『あのテレビ見た?』みたいな話はしていて。(テレビが)共通言語になっているなと思った。震災から5、6年後ですけど、共通の話題とか人と人をつなぐ接着剤になるようなものはすごくいいものだなと思って。そういう番組をいつか作ってみたいなと思っていました」。
どちらが本当の志望動機なのかと聞いてみると、プジョルジョ節が始まった。「両方…ですかね。これって人間って不思議なもので、どっちもいっているとどっちも本当の気持ちになるんですよ。なんかわかりません? 就活の時はそっち(まじめバージョン)しか言っていなかったから、これが本当の理由なんだろうなって思っていました。わかんないんですよ」。
小さい頃からテレビっ子というわけでもなかった。どの番組がどの局で放送されているかなど、気にも留めなかったという。「TBS入社する1カ月前くらいにTBSを知りました。何局あるかとか知らなかった。フジテレビとかテレビ朝日とか。系列っていう概念もしらなかった。家にテレビなかったです。就活始まるときは買いましたけど。安いやつ」。
しかし、TBSには不思議と運命を感じていたという。「なんでTBSかわからないですけど、TBSだけ異様に執念があって。他のインターンどこもいっていないんですけど、TBSだけインターン全部いきました。技術インターンと美術インターンと、アナウンサーインターンは落ちましたけど(笑い)。(採用試験も)全部(の職種)受けました。アナウンサーも受けたんですよ。人事に聞いたら、すぐスクロールしたっていっていました。だから異様なこだわりがありました。別に好きとかいうわけじゃないですけど、あるじゃないですか、たぶんここなんだろうなっていう大きな何かが」。
それほどこだわって採用試験に臨んだが、好きな番組を問われると、10年放送のテレビ東京系連続ドラマ「モテキ」と答えていたという。「モテたかったんです、当時」と笑い飛ばしたが、それほどテレビ番組には精通していなかったという。「だからヒット番組作ってやろうなんて一切なかったです」。適度な脱力感がたまらない。(続く)
◆大前プジョルジョ健太(おおまえ・ぷじょるじょ・けんた)1995年(平7)4月11日、大阪府大阪市生まれ。18年、法政大学社会学部社会学科卒業後、TBS入社。「あさチャン!」など朝の情報番組を1年間担当。報道局経済部に1年担当後、22年春まで「ラヴィット!」「サンデー・ジャポン」などの情報バラエティーを担当。



