15日で終戦80年。戦争を体験した人が少なくなり、語り部が減る中で「落語で伝えたい想い」と題し、戦争の話を積極的に取り入れている落語家がいる。桂春蝶(50)だ。
春蝶がその時々で伝えたいと思っていることを創作落語に込めた「落語で-」は2013年から続けている。昭和100年に当たる今年は「昭和100年 戦後80年記念作品 落語で伝えたい想い第11作『パラオの星』」を作り上げた。
戦争潭は「明日ある君へ~知覧特攻物語~」「ニライカナイで逢いましょう~ひめゆり学徒隊秘抄録~」「ハマナスの誓い~昭和20年8月18日 ソ連軍から北海道を守った 千島列島占守島における真実の物語~」に続く4作目。大阪、福岡、東京と巡り、長崎に原爆が投下された9日に大阪追加公演で千秋楽を迎え、「この日に聴いていただく意味は大きい」と話した。
舞台は太平洋戦争中、日米が制空権を争い大激戦地となったパラオ諸島のペリリュー島。米軍を2カ月半にわたって足止めするも、日本兵約1万人が玉砕した戦いを指揮した中川州男大佐を物語の中心に据えた。
演じるに当たって、自らペリリュー島に足を運んだ。現地に今なお残されたままの2000柱以上の遺骨に思いをはせた。
公演では約40分かけて戦争の背景を説明。観客と基礎知識を共有した上で、約2時間の大作に臨み、戦争のリアルと不条理、戦後、日本人が失ったものを演じた。終演後はスタンディングオベーションで迎えられた。
終演後は「歴史を正しく伝えることがテーマだと思っている」とあいさつ。「ニライカナイ-」を作った際に体験談を聞かせてもらった元ひめゆり学徒の「戦争の話を伝えてほしいの」という言葉が胸に残っているという。
「真実というものを伝えなければ、この国はいつか破綻するんじゃないか。日本人て全体主義が好きなんじゃないかと思うくらい一気に流れていく時がある。そこで急激に変わっていくものに1回立ち止まって、過去の声、死者の声、遺骨の声、戦没者の声を聞いていくことで何か新しい答えにたどり着けるんじゃないか。だから、真実を伝えるという落語をこれからも伝えていきたい」
ここまで話したところで「1つ言うときます。絶対に政治家にはなりませんので」。きっちり笑いを取って生涯噺家(はなしか)を宣言、「今後もいい噺にお付き合いいただきたい」と締めくくった。
会場にはQRコードが表示され、「終わった後にどんな感想でもいいから聞かせてほしい」と来場者に呼びかけていた。
「真実を伝える」。春蝶の言葉が胸に刺さった。
春蝶にはたびたび取材させてもらっている。落語はもちろんのこと、親子2代のコテコテの虎党とあって、愛情が過ぎるあまりの歯に衣(きぬ)着せぬ直言はスポーツ紙にとってありがたい存在だ。
ストレートな物言いから、「右翼」とよく言われる。思想信条に偏りを見せた方が「商売はやりやすい」といいながら、「垂直尾翼ですって答えてます」。
春蝶は「戦争って何にしても悲惨なんです」という。核武装に対しても「核武装が安上がりという人たちもいますけど、絶対反対です。広島や長崎で被爆された方、その2世や3世の方とも話して、いまだに差別を感じる、抱えていると聞いた。そういう方が日本におられる中で、核武装と言うことはできない」と明確にノーを突きつけた。
「でも、ひと言だけ。天皇陛下は大好きです。愛してます」と笑った。
そんな春蝶が桂吉弥、春風亭一之輔と11月に行う3人噺の取材会を開いた際に、自ら「ぜひ見に来て」と今回の公演に招待してくれた。
春蝶は40分の背景説明の際に次のような趣旨の話をした。
「先の大戦では報道も真実じゃないことを伝えた。報道機関の本質っていうのはね、売れるか売れないかなんですよ」
現在の報道のあり方に向けた批判にも感じた。世界情勢が不穏になる中で、エンタメにも締め付けが来たときに80年前の記者のようにならないと言い切れるか。春蝶がなぜ、観劇に招待してくれたのか。「よろしく頼みますよ」と投げかけられたように感じた公演だった。【阪口孝志】



