今年、芸能生活40周年を迎えたタレント中山秀征(58)を取材する機会に、恵まれた。“秀ちゃん”の愛称で親しまれる中山は、群馬出身のおじさん記者にとって地元のヒーローの1人。ただ、これまで1度も取材をする機会はなかった。

第2回中山秀征書道展の開催記者会見で初めて“秀ちゃん”を取材した。30分前に会場に着くと、スタッフが回す携帯カメラで撮影中だったため、声をかけることはできなかった。だが、テレビで見るままの笑顔が印象的だった。

カメラが止まると、居合わせた取材陣に「暑いですよね。そんな中ありがとうございます」と笑顔であいさつし、バックヤードへと下がっていった。すでに大御所の域だか、良い意味でそれを全く感じさせない、親しみやすそうなオーラを感じた。

会見が始まると、サービス精神旺盛。会場となった東京鳩居堂銀座本店で、芸能人の書道展は史上初。それでも決しておごることなく、会場の端から端まで移動し、終始笑顔で作品を説明。そのたびに、音声さんが集音マイクを伸び縮みさせるのだが、これがツボにハマったのか、何度も繰り返して会場を笑いに包んでいた。

秀ちゃんといえば、80年代の業界用語が持ちネタのひとつだ。鳩居堂という神聖なスペースで、テレビ局のディレクターから「銀座といえばこの後の食事は」と振られた。「ここ、鳩居堂だよ!?」と苦笑いしつつ、「ザギンでし~す~」と披露。大御所になっても求められたことに応えてくれる姿に、心の中で「さすが、地元のヒーロー!」とひっそり拍手を送っていた。

そんなおごりなき人柄からか、会見が終わると、自然と周りに人が集っていた。その中に「中山さん、実は僕も群馬県出身なんです!」と突っ込んでいく勇気は、おじさん記者にはなかった。だが、仮にそうしたとしても、受け止めてくれそうなイメージは十分に感じられた。

そう感じさせることが、きっと芸能界を40年間生き抜いてきた秘訣(ひけつ)なのかもしれない。そう思いつつ、同郷の1点で声をかけられなかったことを、少しだけ後悔しているおじさん記者だった。【川田和博】